憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

一分半に一度かけられる命

 5.20日付朝日新聞社説下に、「社説 余滴」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、政治社説担当・高橋純子氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「計21回。1分35秒に一回。
 安倍首相が集団的自衛権の行使に向け一歩歩み出した15日の会見で、国民の「命」を「守る」といった回数だ。
 首相の「命を守る」の裏側には、自分でない誰かの「命をかける」が張り付いている。1分35秒に一回、そのだれかと死の距離は近づいている。問われているのは、憲法9条の歯止めを外して、日本を「戦争する国」にするのか。しかもその歯止めを、閣議決定による政府の憲法解釈変更で外していいのかだ。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「 ところが首相はこの問いに正面から答えようとしない。
 「お父さんやお母さんやおじいさんやおばあさん、子どもたちを助けられない。それでいいのか」といった類の弁を繰り返すばかりだ。
 レトリックというよりはトリック。覚悟も熱意も感じられない。これが、日本の平和国家としての歩みを根本から変えようとしている最高権力者の会見か。国民に分かってもらうことを重視したという。だとすると政権が想定する国民像は、論理的説明よりも、お涙ちょうだいが効く人たちだということなのか。
 首相は「敵」を批判したり、嘲笑したりするのは得意だが、他者に何かを伝えるのは下手だ。反対する人を説得しようという気がそもそもないからだろう。「身内」に「いいね!」と言ってもらい、最後は数の力で押し切れる。会見には、首相のそのような政治観がにじんでいた。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「「命を守る」。首相がそう連呼していた時、首相官邸の外では、集まった約2000人が「憲法守れ」と抗議の声をあげていた。首相がいうところの、おじいさんおばあさん、お父さんお母さんもいる。赤ちゃんを乗せた赤いベビーカーに上には、「解釈改憲断固反対」のプラカードが置かれていた。
 これまで何度と聞いてきた「憲法守れ」「戦争反対」は、どこか内実を伴わないスローガンとして響いていたと、私は思う。しかしこの日の官邸前は、少なくとも首相会見よりは現実と取り結び、重みをもっていた。それだけ、日本の「現在地」が動いてしまったということなのだろう。」と指摘した。
 最後に筆者は、「会見場に置かれた首相肝いりのパネルには、赤ちゃんを抱く母親に不安げな表情で寄り添う子どものイラストが描かれていた。
 だが不安な表情で見つめられているのは誰か。首相、あなた自身なのではないか。」と締めくくった。
 さすが朝日の政治社説担当、首相の会見での「命を守る」の数をよくぞ数えたものだ。首相の「会見・改憲」の狙いを、あぶりだし、えぐり出し、さらけ出す、そんな記事であった。
 筆者の指摘、「政権が想定する国民像は、論理的な説明よりもお涙ちょうだいが効く人たちだということなのか。」は、当たっているかもしれない、と思った。
 ただ、若いころ、ヒットラー関係の本を読んだ時に、「ヒットラーの演説は、国民の感情にうったえ浸透した」というのがあったような気がする。
 安倍総理の側近には「ヒットラ―の手法」を研究しているスタッフがいて、それを実践しているのだろうか?
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by sasakitosio | 2014-05-25 08:06 | 朝日新聞を読んで | Trackback