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by sasakitosio

戦争を否定した「戦後」の抹殺

 5月18日付東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、立教大大学院教授・哲学者 内山節氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「第二次大戦はいつ終わったのだろうかと思う時がある。
 国としての戦争は、昭和20年(西暦1945)年8月15日に終了した。
 しかし、たとえばその後にソ連軍の捕虜になりシベリアに抑留された人々の終戦はいつだったのだろうか。数年後に日本に帰る事ができた日なのか。抑留中に亡くなった人たちにとっては、終戦はあったのだろうか。
 空襲によって焼け出され、その後も苦しみ抜いた日々を過ごさなければならなかった人たちにとっての終戦は、いつだったのだろう。
 昭和も終わりに近づいていたころ、私は南方戦線で行方不明になった夫の帰宅をいまも待っているおばあさんに出会ったことがある。このおばあさんにとっては、戦争はまだ終わっていなかった。
 こんなふうに考えていくと、昭和20年は、国として戦争が終わったにすぎなかったのである。
 戦争の時代を生きた人々にとっては、まだ終戦は訪れていなかった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「いや正確に述べれば、昭和20年に国としての戦争が終わったのかどうかも疑わしい。日本としては8月に無条件降伏をしたのだから、それで終わったというかもしれない。
 しかし、戦争の目的は、相手を倒すことだけではなく、その後の統治をへて、戦勝国に都合のいい社会や世界をつくることにある。
 だからたとえばイラク戦争では、アメリカはフセイン政権を倒す事に成功したが、その後の統治に失敗し、都合のよい世界をつくることができなかったという意味では、戦争に勝ったとは言えないのである。」と教えてくれる
 さらに筆者は、「このような視点から考えると、アメリカの対日戦争は昭和20年に終わったのではなく、都合のよい日本をつくりあげることによって終了したと思った方がよいかもしれない。
 とするとアメリカにとって都合のよい日本とはどのような日本なのだろうか。それは同盟国としての日本ということも、価値を共有する日本ということもできる。
 アメリカ的民主主義やアメリカ的経済観を共有する日本ということである。
 そしてそのために必要なことに、日本社会のなかに蓄積されていたさまざまな記憶の抹殺があった。
 その中には大東亜共栄圏を目指した強国日本の記憶や、大日本帝国憲法とともにつくられた社会の記憶を抹殺することも含まれた。
 しかしそれだけではなく、日本文化や日本的自然観、コミュニティーなどの記憶を消し去ることも、また課題だったのである。
 もちろん大東亜共栄圏を目指した帝国主義の時代を、きちっと総括しておくことは必要だ。日本の社会がもっていた負の部分を改革することも大事な課題だ。
 しかしアメリカにとっての目的は、そういうことも含むさまざまな記憶を抹消し、自分たちの価値観を共有させることにある。
 とすると、いま日本の政権の行っていることも、一つの戦争なのかもしれない。なぜなら、改憲をもにらんだ集団的自衛権の確立や近隣諸国の敵国視などを通してすすめられている政策の背後には、何よりも平和を望み、戦争を否定した戦後の記憶の抹消があるからである。」として締めくくった。
 筆者は、
 「戦争の目的は、相手を倒すことだけでなく、その後の統治を経て、戦勝国に都合のいい社会や世界をつくることにある。」、
 「アメリカの対日戦争は昭和20年に終わったのではなく、都合のよい日本をつくりあげることによって終了したと思った方良いかもしれない」、
 「そして、そのために必要なことに、日本社会の中に蓄積されていたさまざまな記憶の抹殺があった」、
「今の日本の政権の行っていることも、一つの戦争なのかもしれない。なぜなら、改憲をもにらんだ集団的自衛権確立や近隣諸国の敵国視などを通して進められている政策の背後には、何よりも平和を望み、戦争を否定した戦後の記憶の抹消がある」、
 等等の指摘をした。
 それらは全部、自分の全く気付かなかった「視点・方向」からのもので、新鮮な感じがした。
 ただ、新たな疑問が湧いてきた。筆者の言う「この戦争」は、日本国民にとって、内戦なのだろうか、アメリカとの二次世界大戦の延長戦なのだろうか?
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by sasakitosio | 2014-05-22 07:13 | 東京新聞を読んで | Trackback