憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

大戦の悔恨忘れるな

 5月16日付東京新聞朝刊一面に。「大戦の悔恨忘れるな」の三段縦見出しで、論説主幹・山田哲夫氏の署名入りの記事が載った。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「安保法制懇の憲法解釈変更による集団的自衛権行使容認は、戦後の平和主義を捨て、戦争のできる普通の国へとの提言だ。国を守る気概は持たなければならないとしても、国民は戦争をする国を望まない。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「安保法制懇は元外務次官、元防衛事務次官、憲法、国際法学者らの首相と考えを同じくする識者の会だが、その分野の主流派や多数派を代表しているわけではない。むしろ集団的自衛権行使が憲法解釈の変更によって可能とする主張は学会の少数派だし、砂川事件の最高裁判決が集団的自衛権を容認しているとの見解も異端だ。これまでも歴代政府は、憲法九条から集団的自衛権は行使できず、時々の政府判断によって解釈変更はできない、行使できるようにするには憲法改正が必要――としてきた。そこには時の内閣の短絡や暴走を防ぐ立憲主義や法の支配への誠実や忠実があり、なにより310万人の犠牲を出した先の大戦への深い悔恨があったからだろう。」と指摘した。
 さらに筆者は、「他国の戦争に自衛隊が参加する集団的自衛権の行使容認は、歴史の反省に立つ平和主義憲法の根幹を変えてしまう。小手先の解釈変更でなく、憲法改正の正当な手続きで国民的議論と合意の正攻法で行われるべきだ。
 集団的自衛権行使容認に日米同盟強化や戦争抑止が狙われているとしても、地域に平和と安定をもたらすかどうか疑わしい。相互理解を欠く猜疑が軍備増強の口実を与え、いわゆる安保のジレンマの軍拡競争を招きかねない。」と心配している。
 最後に筆者は、「限定容認の条件を付けても一度開かれた封印は歯止めを失う。かってのベトナムやイラクのような誤れる戦争にも自衛隊の参戦を余儀なくされるだろう。平和主義と専守防衛の枠内で知恵と工夫を凝らすのが日本の未来を開く道だ。
 戦中派歌人、岡野弘彦さんの歌に
 <親ゆづり、祖父ゆづりの、政治家、世に傲り、国を滅ぼす、民を亡ぼす>がある。
 戦争を知らず、歴史への洞察を欠く二世、三世議員たちに国をゆだねる危うさ。そのために憲法の制約もある。隣国との関係に心を砕くべきだ。」と締めくくった。
 記事は、大変勉強になった。
 歌人・岡野弘彦さんの歌の、今日ただいまのリアリティーさに感心した。国民が、忘れないことが、国民に忘れさせないことが、大切のような気がした。
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by sasakitosio | 2014-05-20 06:45 | 東京新聞を読んで | Trackback