憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

路上の民主主義 自ら考え動き出す人たち

 5月15日付朝日新聞社説に、「路上の民主主義 自ら考え動き出す人たち」の見出しで、今日の民主主義事情が記事になった。今日は、この社説を勉強することにした。
 まず社説は、「変わらなければ。変えなければ。
 東日本大震災と東京電力福島第一原発事故を経験した2011年。「第二の敗戦」といった言葉も飛び交うなか。日本社会は深い自省と、根源的な変革を求める空気に満ちていた。
 それを目に見える形で示したのが、震災から約半年後東京で開かれた「さよなら原発」集会だ。ノーベル賞作家・大江健三郎さんは訴えた。「何ができるか。私らにはこの民主主義の集会、市民のデモしかない。」あれから3年近くが経った。
 自民党が政権に戻り、原発再稼働が推進され、大型公共事業が復活する。
 何も変えられなかった。
 冷めた人。折れた人。疲れた人。民主主義への失望と相まって膨らんだ諦念が、安倍政権の政治的原資となってきたことは否めない。」と切り出した。
 続けて社説は、「反対意見に向き合い、議論を深める。民主制の根幹だ。しかし、首相はどうやら、選挙で選ばれた、最高責任者の自分がやりたいようにやるのが政治で、反対意見なんか聞くだけ無駄だと考えているようだ。
 憲法のしばりさえ、閣議決定で「ない」ことにしてしまおうという粗雑さ。これに対し、与党が圧倒的議席を持つ国会は、単なる追認機関と化しつつある。
 気付いているのだろうか。
 首相の強権的な政治手法とふがいない国会のありようが、自ら思考し、行動する政治的な主体を新たに生み、育てていることに。怠慢なこの国の政治家にとっては、幸か、不幸か。
「「Fight the power」、これは権力と闘えって意味で、ちょっと過激なんですけど、まあ英語だから大丈夫かなと」
 憲法記念日に東京・新宿で行われた「特定秘密保護法に反対する学生デモ」。集会場所の公園で約400人が声を合わせ、コールの練習を始めた。都内の大学生らが主催した。党派によらない個人参加のデモ。ネットや友人関係を通じて集まった。
 出発。重低音のリズムを刻むサウンドカーを先頭に、繰り返される「特定秘密保護法反対」「憲法守れ」。堅苦しい言葉がうまくリズムに乗っかって、新宿の街にあふれだしてゆく。
 大学生たちがマイクを握る。
 「自分らしく、自由に生きられる日本に生まれたことを幸せに思っています。でも、特定秘密保護法が反対を押し切って成立した。このままじゃ大好きな日本が壊れちゃうかもしれないって思ったら、動かずにはいられませんでした。」
「私は、私の自由と権利を守るために意思表示することを恥じません。そしてそのことこそが、私の「不断の努力」であると信じます」
 私、。僕。俺。借り物でない、主語が明確な言葉がつながる。
 社会を変えたい?
いや伝わってくるのはむしろ、「守りたい」だ。
 強引な秘密法の採決に際し、胸の内に膨らんだ疑問。
 民主主義ってなんだ?
 手繰り寄せた、当座の答え。
 間違ってもいいから、自分の頭で考え続けること。おかしいと思ったら、声を上げること。
 だから、路上に操り出し、響かせる。自分たちの声を。
 「Tell me what democracy look like?(民主主義ってどんなの?)」のコール。
 「This is what demokuracy looks like!(これが民主主義だ!)」のレスポンス。
 ある学者は言う。頭で考えても見通しをもてない動乱期には、人は体を動かして何かをつかもうとするんですーーー 
 彼らは極めて自覚的だ。社会はそう簡単には変わらない。でも諦める必要はない。志向するのは「闘い」に「勝つ」ことよりも、闘い「続ける」ことだ。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「5月最初の金曜日に100回目を迎えた、首相官邸前デモ。
 数は減り、熱気は失せ、そのぶんすっかり日常化している。
 植込みに座って、おにぎりを食べるカップル。歌をうたうグループ。「解放」された官邸周辺を思い思いに楽しんでいる。
 非暴力。訴えを絞る。個人参加。官邸前で積み上げられた日常と、新しいデモの「知恵」がなければ、昨年12月に秘密法に反対する人々が国会前に押し寄せることも、学生たちのデモも、なかったかもしれない。
 つよいその根は眼にみえぬ。
 見えぬけれどもあるんだよ、
 見えぬものでもあるんだよ、(金子みすゞ「星とたんぽぽ」)」と教えてくれる。
 最後に社説は、「タンポポのように、日常に深く根を張り、種を付けた綿毛が風に乗って飛んでいく。それがどこかで、新たに根を張る。
 きょう、集団的自衛権の行使容認に向け、安倍政権が一歩を踏み出す、また多くの綿毛が空に舞いゆくことだろう。 社会は変わっている。 深く、静かに、緩やかに。」と締めくくった。
 よんで、勇気と希望が湧いてくる「社説」であった。
 お互いに、国民同士、誰しも自由と民主義を守りたい、と信じられた。
 また、タンポポの綿毛を遠く広く飛ばしてくれる「風」が、毎日の新聞記事だ。戦い続ける「新聞」があってこそ、民主主義は生き続けるような気がした。
 そして、タンポポの綿毛の一個として、次の選挙では決して忘れてならないことは、、秘密保護法に賛成した議員にも、政党にも投票しないと、それを忘れやすい、周りの知人友人にしつこく言い続けようと思っている。信念・思想のない為政者が、一番恐れているのは、権力の座から、落ちることだから!!
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by sasakitosio | 2014-05-19 07:40 | 朝日新聞を読んで | Trackback