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by sasakitosio

年金の未来㊦ 漠たる不安からの脱却

 5月10日付朝日新聞社説に「年金の未来㊦ 漠たる不安からの脱却」と題して、年金問題の社説シリーズの最終回が載った。今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「年金制度への不信は根強い。
 ただ、多くの場合、「少子高齢化だからもらえなくなる」といった漠然とした理由によるものでは無かろうか。
 働けなくなった高齢者を支える制度は、いつの時代でも不可欠だ。不信や不安の「形」を見定め、それに合った解決策を見つける必要がある。
 何をすれば、どのくらい年金の足腰を強くできるのか。シリーズ最終回では、あと1カ月ほどで結果が発表される「財政検証」の枠組みを踏まえ、検討してみたい。」と切り出した。
 つづけて社説は、「年金の財政検証は5年に1度だが、今回は新しいやり方を試みている。
 前回は、現行制度がそのまま存続する前提だった。今回は、いくつかの制度改革(オプション)を実施した場合、将来の年金水準にどのような影響を及ばすかを計算する。
 オプション1では、少子高齢化に対して、賃金や物価の上昇率より年金の引き上げ幅を圧縮する仕組み(マクロ経済スライド)を、賃金や物価が下がっている場合でも適用する。
 結果的に、賃金や物価の下落幅より年金の減少幅は大きくなる。物価や賃金が少し上昇する程度なら、年金額は逆に減る事態も起こり得る。受給者は怒るに違いない。
 しかし、マクロ経済スライドをフルに適用しないと、今の年金水準が高止まりして、将来世代の年金が減る。
 シリーズの㊤(4月21日付)や㊥(20日付)で主張したとおり、経済変動に耐えうる年金にするためにフル適用は避けて通れない道だ。今の高齢者の反発に正面から向き合い、将来世代を守る覚悟が問われる。」と指摘した。
 さらに社説は、「年金をめぐる大きな不安は「少子高齢化に加え、年金にメリットがないと考える若い人が保険料を払わず、余計先細りになる」という点にあろう。
 現在未納者は約300万人で、公的年金全体から見れば5%程度だ。保険料を払わないと将来、年金も受けれないので年金財政上は「ほぼ中立」だ。
 ただし、収入が不安定な非正規社員を背景に未納者が増え続ければ、いずれ生活保護費の膨張に繋がり、国の財政全体を圧迫する。
 この課題に対応するのが、オプション2だ。
勤め人が入る厚生年金にパートやアルバイトをもっと加入させる。保険料は給料天引きになるため、基本的に未納は防げる。将来受ける年金額も増える。
 問題は、パート従業員に依存する企業側が労使折半で保険料を担することに強く反発することだ。パート労働者自身も、当座の負担が増えるので反対しがちだ。
 しかし、年金が国民全体の仕送りシステムである以上、オプション2を実行して、裾野を広げていく必要がある。」と指摘した
 さらに続けて社説は、「あらゆる年金制度の変更はせんじ詰めれば「誰がどれだけ負担するのか」「誰の年金が減るのか」というリアルな「痛み」に帰着する。
 これまで民主党の最低保証年金の創設」や「年金の税方式化」など数多くの案が「抜本改革」として提唱されてきた。
 それらが尻つぼみなったのは、いざ改革の影響が誰にどんな形で及ぶかを試算すると、消費税の大幅引き上げや中堅層の年金引き下げといった痛みが明らかになったからだ。
 今回のオプションも現行制度の延長線上にあるとはいえ、大きな改革であり痛みを伴うことに変わりはない。それを乗り越えないことには、どんな年金制度もうまく機能しない。」と指摘した。
最後に社説は、「大切なことは、年金改革を負担増や給付減という「憂鬱な問題」としてのみとらえるのではなく、前向きな課題に変換していく回路もつくっていくことではないだろうか。
 年金は「カネを集めて配る」という単純な仕組みだ。年金改革の痛みは、そもそも少子高齢化に手が打てず、働く人の数が減ってしまう「体質の悪化」に源がある。
 であれば、より多くの人がより長く、元気に働ける社会をつくる事が重要だ。
 30年前と比べて、男女とも平均寿命は5年前後伸びている。65歳まで働ける社会の実現にもめどが立ってきた。その期間分ぐらいは働いて保険料を払うとしたら年金はどうなるか。今回の検証ではそんなオプションも用意される。
 加えて、労働者一人あたりの生産性を上げるために、教育・研修を充実させる。
 こうした働き手の暮らしを良くする「社会の体質改善」ができれば、年金の目減りが抑えられ、高齢者の痛みも少なくてすむ。
 現実を直視した年金の改革と同時に「こんな社会をつくろう」という議論にもバランスよくエネルギーを向けていくのが建設的だろう。」と締めくくった。
 よんで勉強になった。いくつか考えるヒントになった
 「受給者が高齢者で・退職者で・長年掛け金を収め・受ける年金が死ぬまでの生活設計の柱になっていること・対象者が全国民・全地域にわたっていること」等を考えると、年金改革は「社会全体の体質改善」を避けられないということではないか?
 それは、現代における「革命」なのではないか?
 それが、民主主義国家で実現するためには、社会全体に「改革のエネルギー」が満ち満ちてくる必要があるような気がするが?。
 社会に壊滅的危機が訪れる前に、国民の多数を覚知させることができた階層が、次の指導者層になるのではないか?
 掛け金を徴収した時の「政権・役人」と、積立金を使った「政権・役人」と、給付する「政権・役人」が異なり、いずれの為政者も責任感を感じにくい構造になっていることも、問題解決を難しくしているのではないか。
 経済変動の期間が、専門家と称する人たちにも、読み切れてないところに、「財政検証」の限界があるのではなかろうか?

 
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by sasakitosio | 2014-05-15 07:17 | 朝日新聞を読んで | Trackback