憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

戦争を終わらせる困難と憲法

 5月2日付朝日新聞朝刊1面に、「座標軸」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、論説主幹・大野博人氏だ。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「19世紀フランスの思想家トクヴェルは名著「アメリカのデモクラシー」で、「民主的な人民は」二つのことに常に苦労するだろうと予言している。
 戦争を始めること。そしてそれを終わらせること。
民意を無視しにくい国々は、ふつう戦争を敬遠する。ただ、平等な社会であれば出自にかかわらず出世が望めるので軍人が野心的になりやすい、という文脈に出てくるのだが、今の世界にも示唆的だ。
他国と争いを始めたら、熱くなったナショナリズムで政治指導者も引っ込みがつかなくなった。そんな例は枚挙にいとまがない。東アジアの国々も、武力衝突はなっていないものの、相互の不信と憎悪を政治家やメディアが煽ったあげく、対立を「終わらせる」のに苦労している。そのすがたは「予言」に重なる。」と教えてくれる。
 つづけて筆者は、「日本の現政権は、安保環境の変化を理由に憲法の解釈を変えて集団的自衛権を認めようとしている。友好国を助けるためとはいえ、それは、日本を直接攻撃していない国と戦争を「始める」可能性をはらむ。
 そこに「終わらせる」難しさの視点はあるか。しっかりと「終わらせる」には、関与して戦争についての徹底的な検証も欠かせないはずだ。
 思い出しておこう。日本は米国が始めたイラク戦争に関わった。中心的役割は担わなかったにしろ自衛隊を派遣。だが、大量破壊兵器は見つからず「大義なき戦争」となった。それをいまだに総括していない。英国やオランダは調査委員会を設置した。英国ではブレア元首相も喚問された。
 戦争に関わった国家の最低限の責務だ。それさえ果たさない政治家たちが、武力行使しやすいように憲法解釈を変えるという。」と、危惧している。
 最後に筆者は、「長く続いた体制が崩壊する場面を何度か取材した。
 冷戦終結の現場だった旧東欧諸国、開発独裁に幕を引いたインドネシア・・・・
 どこでも歴史のページをめくりだしたときから七転八倒が続いた。独裁体制を解体し議会や法を作りなおす。対立や内乱さえともなう新しい自分に生まれ変わるための通過儀礼。
 敗戦のあと、日本もそんな年月を耐え忍んだのではなかったか。「たしかに玉音放送から東京裁判までは通過儀礼のような面があった」と文化人類学者の船曳健夫・東大名誉教授。「実質的に負けていながら戦争をだらだら続け多くの犠牲を出した。その敗北を可視化し、違う時間が流れるようにしたといえます」
 戦争をいつまでも「終わらせる」ことができなかった悲惨から、「始める」ことを自ら禁じる国へ。それが憲法の平和主義に刻み込まれているのだろう。
 苦い自己認識を持った「民主的な人民」として、「始める」ための事実上の改憲を。「終わらせる」難しかしさを忘れた政治家に委ねるわけにはいかない。」と、締めくくった。
 戦争を「始める」の準備を、今の政権はやっていることがよく分かった。
 「終わらせる」を想像できない政治家が、「始める」準備をしていることも、よく分かった。
 19世紀に、フランスの思想家が、「民主的な人民」の二つの苦労を予言したことは、驚嘆に値する。今の世界にも示唆的であることは、さらなる驚きだ。願わくば、戦争を「始める」難しさも、戦争を「終わらせる」難しさも、一生知らないで済ませたい。我が日本がもう30年今のままであれば、私個人は戦争を知らずに地球に帰れるが。そのためには、死ぬまで、憲法擁護に関わり続けるしかあるまいと思っている。
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by sasakitosio | 2014-05-09 17:53 | 朝日新聞を読んで | Trackback