憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

朝日支局襲撃 「排他」に立ち向かう

 5月2日付朝日新聞社説に、「朝日支局襲撃 「排他」に立ち向かう」と言う見出しで、民主主義についての記事が載った。
 今日は、この記事に学ぶことにした。
 社説は、「あす憲法記念日は、私たちにとって忘れがたい日である。27年前、兵庫県西宮市の阪神支局が散弾銃を持った男に襲撃され、小尻智博記者(当時29)が殺された。
 「赤報隊」を名乗る犯人は犯行声明で「反日朝日は50年前にかえれ」と主張した。
 事件後、社説は「多様な価値を認め合う民主主義社会を守り、言論の自由を貫く」と誓った。残念ながら、事件は未解決のまま時効を迎えてしまったが、その決意にいささかも揺るぎはない。」と切り出した。
 つづけて社説は、「その「多様な価値を認め合う民主主義社会」がいま、揺らいでいる。深刻なのは、自分たちと違う価値観の人々の存在そのものを否定し、攻撃する動きが勢いを増していることだ。
 こうした言説の中で、かって朝日新聞を攻撃するキーワードだった「反日」のレッテルはすっかり一般化してしまった。
在日コリアンに「特権」があるとして、街頭で激しいヘイトスピーチ(憎悪表現)を繰り返す人たち、四国では「遍路道を朝鮮人の手から守りましょう」との張り紙が見つかった。
 韓国や中国への嫌悪感をあらわした本が人気を集め、一部メディアにも連日、それを煽るかのような見出しが躍る。
 ヘイトスピーチをめぐる京都での訴訟で、訴えられた市民団体側は「表現の自由の範囲内だ」と正当性を主張した。だが、他人を排除し、傷つける言葉は許されるのか。表現・言論の自由の大切さを説き続けた私たちとしても、「それは違う」と言わずにはいられない。」と、指摘した。
 さらに社説は、「事件以来、多くの読者から叱咤激励をいただいた。その声にも支えられ、私たちは自由な言論を守ろうと努力してきた。
 特に、戦争に協力した戦前への痛切な反省から、権力が自由を制約する動きには、全力で立ち向かってきたつもりである。特定秘密保護法案の審議のときもそうだった。
 ただ、これだけ排他的な言葉が世にあふれる前にできることはなかったか。
 理不尽に攻撃される人たちを守る側に立つことはもちろんである。そのうえで、攻撃的な言葉を繰り出す人、そうした主張に喝采を送る人々の背景にも目を向け、日本社会に広がる溝を埋めていきたい。」と、決意を示した。
 最後に「求めたいのは、スローガンとしての「表現・言論の自由」ではない。誰もが尊厳を保ち、のびやかに生きられる社会そのものである。同僚の命が絶たれたこの日、その原点を改めて胸に刻みたい。」と締めくくった。
 読んで、27年前を思い出した。よくもあんなに酷いことができるものだと思った。新聞記者を殺害して、なんの意味があるのか。犯人の意図と行動が理解できない。そして、事件が未解決のまま、時効になったとのことである。
 殺人事件に公訴時効や損害賠償時効は、一刻も早く見直した方がいい。加害者には、「つかまって罪を償うか、一生涯逮捕の恐怖を背負って」生きてほしいと思う。
 新聞社には、人間が排他的になる「根源」を、ぜひとも解明してほしいと思いました。
 言葉は、喜びを伝え、感謝を伝え、感動伝え、愛を伝え、人が幸せを感じるために、「地球 」が、人にだけ与えたものだと、私は思いたい。
 
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by sasakitosio | 2014-05-09 17:37 | 朝日新聞を読んで | Trackback