憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

憲法、平和を考える「しゃべり場」を

 5月4日付東京新聞朝刊22.23面に、「こちら特報部」という記事が在る。筆者は、篠ケ瀬祐司氏だ。 今日はこの記事を学習することにした。
 見出しが魅力的だ。
 「発祥の地高知で考える「自由民権運動」」
 「憲法、平和考える「しゃべり場」を」
 「市民の熱意 大きなうねりに」
 まず記事は、「「一ツトセー 人の上には人ぞなき 権利にかはり(代わり)がないからは コノ人じゃもの」
 高知市内を流れる鏡川河口の小島・丸山台で、今年3月、「自由民権おきゃく」と銘打った催しが開かれた。 地元の芸妓が三味線や太鼓に合わせて「民権かぞえ歌」や「民権踊り」、よさこい節のメロデーに乗せた「世しや武士(節)」など、明治期に流行した歌や踊りを披露した。
 自由民権運動は、明治前期に憲法制定や国会開設、言論集会の自由、地方自治の確立などを求めた民主主義運動だ。「おきゃく」は高知の言葉で宴会を指す。
 当時、高知を基盤に活動した運動家らは、民権思想を込めた歌や踊りを考案し、運動を広げる手段とした。
 そのころ丸山台にあった料亭「此君亭」の宴会場でも自由民権運動の先頭に立った板垣退助(1837~1919年)を囲んで議論が交わされた。この様子を昨年から年一回、市内の料亭「濱長」で再現している。」と教えてくれる。
 つづけて記事は、「自由民権運動に関する講話も行われ、参加者は熱心に耳を傾けた。女将の実佐子さん(50)は「高知の人は昔から議論好き。お酒も面白いことも大好き。楽しみながら自由や権利を語り合った当時の様子を再現することで、今の人たちに自由民権運動に興味を持ってもらえれば」と語る。
 高知市立自由民権記念館の松岡館長(68)は「高知の自由民権運動は歌や踊りだけでなく、使える手段を何でも使った」と解説する。新聞記者で民権運動家だった坂崎紫瀾は、政談演説の禁止を命じられると講釈師になり、若手記者らと講談会を開いた。
 こうした取り組みもあって、自由民権運動は高知の民衆に深く根を下ろしていった。
 「大衆運動の基礎は、今で言う自主学習サークルだった」と松岡さんはみる。
 旧城下町だけでなく、農村部でも「夜学会」と呼ばれる勉強会が広く組織された。板垣らが立ち上げた政治団体「立志社」などの演説内容を報じた新聞記事を教科書に、若者が自由民権思想を学んだ。
 勉強の成果は、「懇親会」で披露し合った。政談演説会は当局に監視されたが、酒食をだす懇親会は取締り対象外で、自由な討論が可能だった。高知市の人口が3万数千人だった時代に、大規模な懇親会に7万人が集まったというから、県全域での盛り上がりのほどがうかがえる。」と教えてくれる。
 さらに記事は、「松岡さんは今、夜学会の復活を考えている。「大人の「しゃべり場」」といったイメージ。社会をどうするのか、守るべきものは何かを、皆で一緒に考える会ができないかと思っている。試みが軌道に乗れば「現代の自由民権運動」として大きなうねりになるかもしれない。
    <以下略>       」と教えてくれる
ここまでで、護憲運動の大きなヒントがあった。
あらゆる手段を使うこと。
自主学習サークルをつくること。
その意味で、大人の「しゃべり場」は、ネットを使い全国に広げたらいいかもしれないと思った。
 自分も居住地の駅前喫茶で、「しゃべり場」ができれば、参加したいと思っている。
 
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by sasakitosio | 2014-05-09 07:03 | 東京新聞を読んで | Trackback