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by sasakitosio

「わだつみ」に別の遺書   軍人 正直に反省せよ

 4月29日付東京新聞一面に、「「わだつみ」に別の遺書」、 「恩師編集 今の形に」、「学徒兵・木村久夫 処刑直前残す」等の見出しが躍った。不勉強にして、「きけ わだつみのこえ」の言葉は浮かぶが、本を読んでいなかった。が、48年6月、塩尻公明が「新潮」に「或る遺書について」を発表したときに削除された部分を抜粋で読んで、驚いた。
 一つは、当時これだけの考えを持っていた若者がいたこと。
 二つ目は、敗戦後3年経っても、軍隊批判を即除した編集者の心の中にある、恐怖に近い何かが残っていたこと。
 今日は、「「哲学通論」書き込み削除部分抜粋」に学ぶことにした。
 抜粋は、「「哲学通論」への書き込みのうち、「きけ わだつみのこえ」で削除された主な個所は以下の通り。
 日本の軍人、ことに陸軍の軍人は、私たちの予測していた通り、やはり国を亡ぼしたやつであり、すべての虚飾を取り去れば、我欲そのもののほかは何ものでもなかった。(25ページ)
 大東亜戦争以前の陸海軍人の態度を見ても容易に想像されるところであった。陸軍軍人はあまりに俗世に乗り出しすぎた。彼らの常々の公言にもかかわらず、彼らは最も賤しい世俗の権化となっていたのである。それが終戦後、明瞭に現われてきた。生、物に吸着したのは陸軍軍人であった。(27ページ)」と教えてくれる。
 つづけて抜粋は、「(連合国の看守から)全く不合理と思えることが、日本では平然と何の反省もなく行われているを幾多指摘されることは、全く日本にとって不名誉なことである。彼らがわれわれより進んでいるとは決して思わないが、真赤な不合理が平然と横行するまま許して来たのは、何といってもわれわれの赤面せざるべからざるところである。
 たんなる撲るということからだけでも、われわれ日本人の文化水準が低いとせざるべからず諸々の面が思い出され、また指摘されるのである。 
 ことに軍人社会、およびその行動が、その表向きの大言壮語にかかわらず、本髄は古い中世的なものそのものにほかならなかったことは、反省し全国民に平身低頭、謝罪せねばならぬところである。(59.61ページ)
 この(見るに堪えない)軍人を代表するものとして東条(英機)前首相がある。さらに彼の終戦において自殺(未遂)はなんたることか、無責任なること甚だしい。これが日本軍人のすべてであるのだ。(101ページ)
 彼らの言う自由主義とはすなわち「彼らに都合のよい思惑には不都合なる思想」という意味以外のは何もないのである。またそれ以上のことは何も解らないのである。(107ページ)
 軍人が今日までなしてきた栄耀栄華は誰のお陰かげだったのであるか、すべて国民の犠牲のもとになされたにすぎないのである。労働者、出征家族の家には何も食物はなくても、何々隊長と言われるようなお家には肉でも、魚でも、菓子でも、いくらでもあったのである。―――以下は語るまい涙が出てくるばかりである。(109、111ページ)」と教えてくれる。
 さらに抜粋は、「天皇崇拝の熱の最もあつかったのは軍人さんだそうである。(略)いわゆる「天皇の命」と彼らの言うのはすなわち「軍閥」の命と言うのと実質的に何ら変わらなかったのである。
 ただこの命に従わざる者を罰するときにのみ、天皇の権力と言うものが用いられたのである。もしこれを聞いて怒る軍人があるとするならば、終戦の前と後における彼らの態度を正直に反省せよ。(113.115ぺーじ)
 高位高官の人びともその官位を取り去られた今日においては、少しでも快楽を少しでも多量に享受せんと、見栄も外聞も考慮できない現実をまざまざ見せつけられた今時においては、全く取り返しのつかない皮肉さを痛感するのである。
 精神的であり、また、たるべきと高唱してきた人々のいかにその人格の賤しきことを、われ、日本のために暗涙禁ず能わず。」とも教えてくれた。
 読んで、いくつか考えた。
 当時の日本の軍人の中に、筆者のような人が、いたことに一番驚き、何よりの、戦後日本のまともな復興に必要不可欠な「人材」が、失われたことは、今日の日本の不幸・不運につながる一大事件であったこと。
 また、筆者が、死刑の直前まで、戦後の日本の様子を知っていたことにも驚いた。筆者は英語が堪能とのらしいので、獄舎において、英語の新聞を読んでいたのかもしれないが。
 また、以下の引用箇所は、筆者が、真の愛国者・愛国民的であったことを、教えてくれる。
 「日本の軍人、ことに陸軍の軍人は、私たちの予測していた通り、やはり国を滅ぼしたやつであり、すべての虚飾を取り去れば、我欲そのもののほかなにものでもなかった」
 「(連合国看守から)全く不合理と思えることが、日本で平然と何の反省もなく行われていることを幾多指摘されるのは、全く日本にとって不名誉なことである。」
「ことに軍人社会、およびその行動が、その表向きの大言壮語にかかわらず、本髄は古い中世的なものそのものにほかならなかったことは、反省し全国民に平身低頭、謝罪せねばならぬところである。」
「「天皇の命」と彼らの言うのはすなわち「軍閥」の命というのと実質的には何ら変わらなかったのである。ただ命に従わざる者を罰する時のみ、天皇の権力というものが用いられたのである。」
「精神的であり、また、たるべきと高唱してきた人々のいかにその人格の賤しきことを、我、日本のために暗涙禁ず能わず。」―――。
 戦争へ国民を導いた責任を、取らず、自覚しない、指導者に導かれた「今の日本」。その末裔が指導者となって、国政を動かしている日本の権力者が、原発事故の責任を全く自覚せず、再稼働を進めようとしている。構図は、敗戦と原発事故は驚くほど似ている。とくに、責任感のあるものが権力から排除されているのも酷似しているような気がする。
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by sasakitosio | 2014-05-04 08:01 | 東京新聞を読んで | Trackback