憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

忖度という病理

 4月20日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 筆者は、「憲法を守ろうという集会に対して、自治体が施設利用や後援を拒否した事例が相次いでいると、本紙は報じている。
 憲法施行の日が国民の祝日とされているわけで、憲法を守ろうと主張することが政治的主張だとは思えない。しかし、自治体は保守系の地方議員や団体から抗議されると面倒だと思って、その種の集会とのかかわりを避けている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「長野県では、ダウン症の男児が新入生の学級写真から外されるという事件があった。校長がほかの父兄から苦情がでるかもしれないと母親に言い、母親の意向でその子が一緒に写るものと外れるものの二種類を撮影することになったそうだ。
 他の親が障害時と健常児は違うという差別意識を持っているかもしれないと忖度し、その母親にそのような空気を読むよう仕向けたものと思える。
 一連の出来事に共通しているのは、有るか無いかもわからない空気を勝手に忖度し、面倒を避けることを最優先する公職者の態度である。」と指摘した。
 最後に筆者は、「憲法が自由や平等を高らかにうたっていても、それがひとりでに実現するわけではない。公職者、さらに我々市民が、自由を守り差別を許さないという行動を実践し、くだらない雑音が出てもそれを跳ねのけることが必要である。
 声高な改憲論よりも、卑怯な忖度が憲法を掘り崩す。」と結んだ。
 「卑怯な忖度が、憲法を掘り崩す」との筆者の指摘と怒りは、その通りだと思った。
 記事中であった、校長の忖度は、向ける対象が違っていると思った。
 教育者としての校長が、忖度しなければならないのは「ダウン症児の親の気持ち」ではなかったのか。対処すべきは、健常者の親の無理解があれば、タテになることではなかったか。「ダウン症の男児が新入生の学級写真から外されるという事件」は、これこそ、究極のいじめではないか?
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by sasakitosio | 2014-04-25 07:36 | 東京新聞を読んで | Trackback