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by sasakitosio

民主主義のルールとは

 4月6日付東京新聞社説に、「民主主義のルールとは」という見出しで、民主主義についての記事が載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「 <前略>
 民主主義のルールとは、まず第一に話し合いと考えます。
 国を動かす一つ一つの政策には、当然、政府と異なる意見を持つ人々がいます。議論の過程で、少数意見を十分に尊重し、くみ上げることが肝心です。
 1948年に旧文部省(現文部科学省)が高校生向けに出した教科書「民主主義」には、次のように書かれています。
 <民主主義を単なる政治のやり方だと思うのは、まちがいである。民主主義の根本はもっと深いところにある。それは、みんなの心の中にある。すべての人間を個人として尊厳な価値をもつものとして取り扱おうとする心、それが民主主義の根本精神である>
 多数意見を押し切らず交流することが大切です。面倒であっても、熟した議論は避けられません。民主主義を多数決だと思い込んでいる人は、再考すべきです。
 現在使われている教科書「現代社会」(教育出版)の中には二つの原理が書かれています。
 一つは「全メンバーの承認に基づいて社会を結成すべきであること」、もう一つは「社会の運営に当たって、個人をとことん尊重すべきであること」です。民主主義とは、この二つを同時に実現しようという企てなのです。」と教えてくれる。
 つづけて社説は、「翻って、安倍晋三首相の政権運営はどうでしょう。昨年暮れには特定秘密保護法を強行可決しました。集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更でも、閣議決定してしまう可能性が濃厚です。
 そのための首相の私的諮問機関である「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は、近いうちに報告書をまとめる予定です。でも、このメンバーは首相の「お友達」と言われる人の名前が並んでいます。
 この点について、安倍首相は国会で「空疎な議論をされている方は排除している」と述べました。
 空疎な議論をする人とは、どんな人でしょう。恐らく反対意見を持つ人のことではないでしょうか。反対派を排除し、賛成派ばかりで構成する会議の結果は見えています。公正さも議論の深まりも期待できないでしょう。
 反対意見を「空疎」と断じる政治姿勢は民主主義とは到底、言えません。」と指摘した。
 さらに社説は、「内閣法制局長官も、首相の意に近い人物を据えました。このような手段には、異論をはさませぬ姑息さを覚えます。
 確かに民主主義の手続きには、多数決があります。これが第二のルールでしょう。でも、多数決とは「51対49」の場合もあります。「49」の意見を無視する冷徹な仕組みでもあるわけです。
 しかも、多数派の意思決定が必ずしも正しいとは限りません。世界史を振り返っても、多数の横暴が民衆を苦しめる結果になったケースはいくらでもあります。
 そのとき、持ち出すべきは、第三のルールである検証だと考えます。多数派がなぜ判断を間違えてのか、きちんと検証すべきなのです。すると、少数派だった意見が、今度は多数派を占めるダイナミックな転換を呼ぶはずです。これが民主主義の醍醐味でしょう。」と教えてくれる。
 最後に社説は、「英国の元首相チャーチルは、次のようなウイットに富んだ演説をしたことがあります。
<民主主義は最悪の政治形態だ。これまでに試みられた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けばだが・・>
 少数意見の尊重と検証のルールを怠ると、多数派は多数決を乱発し、独裁に走りかねません・」と締めくくった。
 読んで、勉強になった。特に、民主主義の第一、第二、第三のルールの話は、いい話だった。
 旧文部省が高校生向けに出した教科書「民水主義」に書かれているという「<すべての人間を個人として尊厳な価値をもつものとして取り扱おうする心が民主主義の根本精神である>」は、いま忘れられているような気がした。
 民主主義の手続きには多数勝があり、これらが第二のルールであること。
 多数派の意思決定が必ずしも正しいとは限らない。それを確かめるのは、第三のルールである「検証」だとのこと。
 今日、最も忘れられている、ルールは「検証」ではないか。現状は、政府の政策を造り実行するの部署も、それを検証する部署も同じなのではないか?
 そして、特定秘密保護法は、その検証を妨げる最大のものではないか。そこに為政者の隠された意図があるのではないか?
 
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by sasakitosio | 2014-04-13 08:04 | 東京新聞を読んで | Trackback