憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

子どもを守れる職場を

 4月6日付東京新聞4面に、「時代を読む」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、関西学園大学准教授・貴戸理恵氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「インターネットのベビーシッター紹介サイトを通じて20代の男性に預けられた2歳の男の子が、心肺停止状態で発見された。母親はベビーシッターの男性とは複数回連絡を取っていたが、顔を合わせる機会はなかったという。
 「あったこともない他人に子供を預けるなんて」と母親を非難する向きもあろう。だが、幼い子を持つ働く母親として「彼女は私であったかもしれない」と思わずにはいられなかった。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「わが子のそばにいたい、やむを得ず預けるときは、できるだけ信用できる場を選びたい。それは誰もの願いだろう。にもかかわらず、「そうはいってもいられない」という事態は、働いていれば確実に起こる。事件の詳細はわからない。だが、私たちの暮らす社会で「女性の働く権利」と「子供の育つ権利」が両立困難であることを突きつけられる瞬間は多い。<中略>
 そう、「女性の権利」と、「子供の権利」が抵触するとき、多くの母親たちはわが子を優先させるのだ。それにより子供たちの安全と健康が守られている現状がある。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「私は決して「女性は仕事より子育てを優先させるべきだ」と言いたいのではない。働き続ける自由は保障されるべきだし、働きながら、知識やネットワークを駆使して、子育てをしている人も沢山いる。そもそも男性雇用の崩壊によって、女性が働かなければ養っていけないケースも多い。
 ただ、「子供を健やかに育てる」ことは、決して簡単ではないと確認したい。愛情深い親密な大人に、時間と労力をかけて丁寧に日常を見守られ、ケアされること。それが継続する安心のなかで、初めて子どもの心身は健やかに育つだろう。 
 そばにいて見守るのは、必ずしも親である必要はなく、保育サービスを利用するのは不可欠だ。
 ただし、親にとって都合のいいサービスが、子供にとってそうとは限らない。内容をよく吟味し、まず「子どもにとって良いもの」を丁寧に探すことが重要だ。
そして、親の自由と子供の権利が不幸にもバッティングするときは、究極のところでは、後者の優先を肝に銘じたい。」と指摘した。
 最後に筆者は、「だが、母親としてそう思う一方で、社会構造的な点を重視するもう一人の自分が突っ込む。
 「そもそも母親の権利と子供の権利が同時に成立できない状況がおかしい。多くの場合キャリアを犠牲にするのが母親であることも、働いていると子供の安全を守れない職場環境も、おかしい」」と締めくくった。
 筆者の「そもそも母親の権利と子ども権利が両立できない状況がおかしい」との突っ込みは納得できる。
また、「多くの場合キャリアを犠牲にするのが母親であることも、働いていると子供の安全を守れない職場環境もおかしい」との突っ込みにも共感できる。
 母親があって初めて、少子化は防げる。子供が、いない、少ない、社会環境はさびしくて暗い。明るい未来は、子供たちの健やかな成長にある。子供たちの健やかな成長には、両親そろえばそれに越したことはないが、せめて母親が心身のともに健康で、経済的に安定している必要がある。 それを実現するのが、政治の中心的目標のはずだ。経済も、政治も企業も、公共も、そこを軽く見ているのではないか。有権者も、選挙の時、見落としているのではないか?
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by sasakitosio | 2014-04-11 07:25 | 東京新聞を読んで | Trackback