憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

国際政治の現実映していない

 3月28日付朝日新聞朝刊4面に、「集団的自衛権 行方を問う」という囲み記事がある。聞き手・塩倉裕氏、語り手・藤原帰一・東京大学教授(57)だ。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 語り手は、「集団的自衛権の問題を考えるとは、どういうことか。それは突き詰めれば、同盟国が軍事行動で協力を求めてきたとき応じるかどうか、という問題だ。
 今の日本で言えば、米国から軍事行動の協力要請があったっときにどうするか、が主眼になる。
 米国への軍事協力は、イラク戦争などで過去にも議論されてきたテーマだ。それらの議論には従来、一つ明確な枠組みがあった。「日本を戦争に巻き込もうとする米国と、巻き込まれる日本」という枠組みだ。
 日本政府は、集団的自衛権は行使できないという憲法解釈に立つことで、軍事協力の範囲に制約をかけてきた。
 だが今、枠組みは反転している。米国は、日本のせいで中国との紛争に巻き込まれることを真剣に恐れている。日本は「中国に譲らない」ことを重視する強硬策を採り、その対立に米軍を巻き込みかねない勢いだ。
 つまり今は、集団的自衛権の問題、すなわち「米国からの軍事要請にどう応じるか」が日本の重要課題という状況ではない。日本と世界の平和と安定を守りたいなら、何より中国との関係改善と東アジアの緊張緩和に取り組むべきなのだ。そしてその作業を米国と連携しつつ進める。それらが真の課題だ。」と切り出した。
 つづけて語り手は、「なぜ議論がその方向にむかわないのだろう。戦後約70年間、日本は幸い、戦争の当事者になってこなかった。だがそれは、戦争のリアリティーが失われて行くことにもつながった。
 日中関係を見てほしい。日本政府も中国政府も「相手に対して譲らない」ことを重視していないだろうか。そうした強硬策を両国のナショナリストが支持する状況は、紛争が起こりやすい状態の典型例である。最初は偶発的で小規模な衝突でも、もし双方が引かなければ本格的な軍事紛争が始まってしまう。世界の歴史はそう教える。私たちが警戒すべきは、楽観に基づく希望的観測なのだ。」と指摘した。
 さらに続けて語り手は、「一部には、「日本が集団的自衛権の行使を容認すれば、中国との有事の際、米国からの協力を取り付けやすくなるはずだ」との期待もあるようだ。しかし、それも希望的観測に過ぎない。まず、米政府の政策の優先順位を同盟国が変えることは非常に難しい。また米政府は、東アジアの地域の緊張が高まることは自国のコスト増大につながる、と警戒するだろう。」と指摘した。
 最後に語り手は、「なぜ今、集団的自衛権が浮上しているのか。私には「国内政治の力関係の投影」にしか見えない。改憲勢力が議会で力を強めた変化の投影だ。国際政治の現実を反映した動きとは思えないのである。」と結んだ。
 語り手のいう「今は、集団自衛権の問題、すなわち「米国からの軍事要請にどう応じるか」が日本の重要課題という状況でない。日本と世界の平和と安定を守りたいなら、何より中国との関係改善と東アジアの」緊張緩和に取り組むべきだ。そしてその作業を米国と連携しつつ進める。それらが真の課題だ。」と教えてもらった。
 また、今集団的自衛権が浮上しているのは、「国内政治の力関係の投影にしか見えない、国際政治の現実を反映した動きとは思えない。」との指摘は、成るほどと納得できた。中国との関係でいえば、できるだけ事を荒立てないでいれば、早晩中国では、内部から民主化の嵐が吹き荒れると思うのだが?
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by sasakitosio | 2014-04-04 07:59 | 朝日新聞を読んで | Trackback