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by sasakitosio

社会のウソなぜまん延

 3月18日付東京新聞朝刊28.29面に、「こちら特報部」という欄がある。見出しをみて読みたくなった。
「(だましてほしい国民) 、(行き着く果ては破綻)」の大見出し。
「(原発、作曲偽装、科学研究・・・)、(立場優先、目をつぶる)、(「何でもあり」政界まん延)、(雰囲気に流される社会)」の中見出し。
 記事の筆者は、白名正和氏と榊原宗仁氏だ。
 記事は、「社会のたがが外れてしまったように感じるのは大げさだろうか。けれども、右を向いても左を見ても「ウソ」が横行している。二年ちょっと前の野田佳彦首相(当時)による福島原発事故の「収束」宣言、環太平洋連携協定(TPP)をめぐる自民党の「聖域死守」公約、現代のベートーベン神話、かなり怪しくなってきたSTAP細胞論文・・・。なぜ、こんなことになってしまったのか。」と切り出した。
 つづけて記事は、「「うまくだましてくれるなら、それでいいという風潮が広まっている。テーマパークのファンタジー空間が人気を博すのも、つくりものを見て満足したいという心理。根本は同じだ」
 「東大話法」の研究で知られる安富歩・東京大東洋文化研究所教授(社会生態学)はそう分析する。
 ここ数年、世の中にウソが蔓延している。たしかにウソは昔からあった。だが、これほどまでに人びとがウソにならされてしまった時代は記憶にない。
 2011年末の野田前首相の事故「収束」宣言に加え、さ昨年9月には安倍晋三首相が国際オリンピック委員会の総会で「状況はコントロールされている」とのたまわった。もちろん汚染水はいまも漏れている。
 前回衆院選の自民党の公約集には、将来的に脱原発依存を目指すほか、TPPは「聖域なき関税撤廃を前提にする限り、交渉参加に反対」と記してあった。
 しかし、政府は2月のエネルギー基本計画案で原子力を「ベースロード電源」とし、聖域とされる重要農産物5項目関税の行方が見通せないのにTPP交渉に参加してしまった。
 12年10月には東大病院特任研究員だった森口尚史氏の人工多機能幹細胞(ips細胞)の臨床応用がウソだったと分かり、最近では理化学研究所の小保方晴子ユニットリーダーらが発表した「STAP細胞」論文に疑惑が浮上した。
 現代のベートーベン佐村河内守しは楽曲が別人の作品だったと認めた。
 「汚染水をめぐる安倍首相の発言は明らかにウソだった。東電が事態の深刻さを認め、国民も「本当ではない」と、心で思っていた。だが、実際に五輪招致が決まるや、うやむやになった。国民として、五輪開催を歓迎しないわけにはいかないと思ったからだ。」」と教えてくれる。
 さらに記事は、「安富教授は「だましてほしがる国民」をこう説明する。巨大な財政赤字が存在するのに、高速道路やダムを造り、年金を払い続ける状況にも通じるという。
「いわば、国と国民が共犯関係にある。これは立場主義の弊害だ」。<中略>。同教授によると、立場主義とは会社員や公務員、夫や妻などの立場から導かれる思考を、個人の意見よりも重んじる傾向だという。<中略>。
 誰もが常に自分の意思を殺し、演じている。この状態が続くと、国家や企業のウソに対する反発もなくなり、社会にウソがあふれ、それでも構わないという投げやりな空気が膨らむ。安富教授はそうみる。
 それでも、ひと昔前は公の前でのウソは許されないという雰囲気があった。今でもなくはないが、発覚直後こそ炎上し、インターネットなどで非難が書きたてられるが、すぐに収束してしまう。食材の偽装問題や佐村河内氏の騒動が、そうした好例だ。
 「立場主義の国民が批判しているのは、ウソそのものではない。むしろ、すぐにばれるようなウソをついた人間を攻撃している。それは自分が抱えているウソがばれて、否定されるんじゃないかという不安からだ。
 問題の核心を突いた怒りではないので、批判も長続きしない。」(安富教授)
 これは人間関係の希薄さも輪をかけているという。
 現実世界では、立場前提の付き合いしかできず、心からのコミニケーションは少ない。匿名のインターネット空間ではストレスを発散しないため、ウソの中身よりや背景よりも、それを口実にウソをついた個人を攻撃する言葉が先行する。」と教えてくれる。
 さらに続けて記事は、「安富教授はウソの蔓延は社会の存続を危うくすると警告する。「ウソで固められた社会は、たとえば原発もそうだが、ウソでしかないのでいつか破綻する。人々はなんとなく安穏と過ごすためにウソを看過するが、それが社会を崩壊させる芽を育むことになる。」
 安富教授は社会一般についてこう語るが、とりわけ政界について、与野党を渡り歩いた平野貞夫元参院議員は、「今の議会政治はウソが蔓延して最悪の状態だ」と語る。
 平野氏は政界にはびこるウソの源流が00年の森喜朗政権の誕生時とみる。
「一部の自民党幹部らによる密室談合で森政権はできた。このとき権力のためなら何でもありという倫理破壊が党内で広まった。
 次の首相は森氏の派閥会長だった小泉純一郎氏。
 「彼は靖国神社参拝に積極的だったが、それは政治信条からというより、党内で争った橋本龍太郎氏の支持基盤であった日本遺族会を取り込むためだった。」
 その小泉氏の跡が安倍氏で、第一次政権は1年の短命だったが、12年末に再登板すると、原発やTPPでウソを繰り返した。
 一時政権を取った民主党もご都合主義だった。「ウソで都合の悪いものにはふたをしてしまう体質が今の国政には染みついている。自浄作用を失った深刻な状態だ」(平野氏)」と教えてくれる。
 最後に記事は、「作家の宮崎学氏は、政治家以外でもウソが蔓延する背景について「多くの情報が氾濫する中で、国民は何が本当でなにがウソかを見抜きにくくなっている。雰囲気で良し悪しを判断する傾向が強まり、それがウソに歯止めを掛けにくくしている」と説明する。
 「企業やメディアの責任も大きい。真偽の裏付けもないまま、インパクトがあって「売れる」と思った人間を取り上げて金儲けしようとするやからが増えている。
 今のような閉塞した社会だと国民は新しいものに飛びつきがち。新しいスターを仕立てて、ひと儲けしたい人には都合のよい時代になっている。」と締めくくった。
 読んで、勉強になった。面白かった。為になった。
 「ひと昔前は公の前でのウソは許されないという雰囲気があった」との指摘は、それはじぶんの若かり時代だと気が付いた。
 「ウソで固められた社会は、たとえば原発もそうだが、ウソでしかないのでいつか破綻する、。」との指摘は、共感出来る。問題は、破綻がウソを証明した時の、対応だ。ここでも国民的に怒りが、生まれなくてはならないが?現実はどうだろう、怒りのパワーが弱すぎる気がするが?
「安富教授の言われる、立場主義とは会社員や公務員、夫や妻の立場から導かれる思考を、個人の意見よりも重んじる傾向だという。」が、立場を持つ個人と、純粋の個人を分別できるのだろうか?ともに人間としての普遍的な、意見をもって生きているのではなかろうか?との疑問を持った。
 
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by sasakitosio | 2014-03-23 19:00 | 東京新聞を読んで | Trackback