憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

法治国家の番人とは

 3月14日付朝日新聞社説に、「法制局長官 法治国家の番人とは」の見出しで、小松一郎内閣法制局長官の言動が記事になった。今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「憲法解釈の変更により集団的自衛権の行使を認める~~・そこへ向かう安倍首相の強引なやり方に、ほころびが出てきたと言わざるを得ない。
 首相が起用した小松一郎内閣法制局長官の言動が、波紋を広げている。」と切り出した。
 つづけて社説は、「国会の廊下で野党議員と言い争いをした。参院予算委員会では次のような答弁をした。
 「安倍首相は、自民党が野党時代に決定した国家安全保障基本法を国会に提出する考えではないと思います。」
 これには、自民党内からも「法制局長官に法案の提出権があるわけではない。余計なことだ」と反発が上がった。
 この答弁は「法案提出よりも政府解釈の変更が先だ」という首相の考えを説明する文脈で出たものだ。
 官僚の出過ぎた発言というのもそのとおりだが、より問題なのは、「法の番人」であるはずの人が解釈改憲を進めようとする首相といかに一体化しているという点である。
 法制局には、「権威主義的だ」といった批判がつきまとってきた。それでも、個別の事件がからまないかぎり裁判所が憲法判断をしない日本では、法制局が実質的に「法の番人」の役割を果たしてきた。その信頼は、党派性とは距離を置いたところにある。
 駐仏大使だった小松氏は昨夏、「長官は内部昇格」という慣例を破って起用された。この慣例には時の政権の恣意的な人事への防波堤という意味合あいもあった。それを無視した首相のやり方は、人事を通じて「番人」を手の内に収めようというものだった。
 もちろん、法制局は政府の組織のひとつにすぎない。しかし、その役割からして忠実であるべきは、首相ではなく憲法に対してだ。」と、指摘した。
 最後に社説は、「安倍首相は先月の国会答弁で、憲法解釈の責任者は自分であり、そのうえで選挙で国民の審判をうけると語った。
 そんな単純な話ではない。
 公明党の漆原国対委員長は」ある日突然「閣議決定で憲法解釈を変えた。今日から集団的自衛権を行使できる国に変わった」と発表されても国民は納得しない」と批判した。
 谷垣法相も「憲法解釈があまり不安定だと、国家のあり方そのものも動揺してしまう」との懸念を示した。
 いずれも、法治国家の国会議員として当然の考え方だ。
 憲法の本質にかかわる解釈変更は、個人の意思で進められるものではない。」と締めくくった。
 社説を読んでわかったことがある。内閣法制局は、いままでは行政府の中にあって、世論の支えもあって、「憲法の番人」の役割を果たしてきた。 
 しかし、ただいま現在は、「安倍内閣の番人」になったということだ。
 小松長官は、安倍総理の忠臣のごとく、振舞っておられことがよく分かった。
 小松長官の歴史的な罪は、内閣法制局の「超政府的地位」を、安倍信三内閣の番人に格下げしたことだろう。
 ために、実に困ったことは、裁判所が、憲法の番人の「自覚・使命感・信念」に乏しい現状で、憲法を擁護しつづけるためには、安倍政権を打倒するしか手はなくなったということだ。
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by sasakitosio | 2014-03-18 17:51 | 朝日新聞を読んで | Trackback