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by sasakitosio

まだ知らないフクシマ 3.11から3年

 3月9日付東京新聞社説に、「まだ知らないフクシマ 3.11から3年」という見出しで、福島のことが記事になった。
 今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「忘却が神話を復活させるのか。
 政府のエネルギー基本計画案は原発をあらためて「重要なベースロード電源」と位置付けた。昼夜を問わず、一定量の電力供給を担う主要な発電設備のことをいう。
 1昨年の衆院選で掲げた脱原発依存の約束に目をつむり、3・11以前に戻したいという意味だ。」と切り出した。
 つづけて社説は、「「忘却というのは、ちょっと違うかな・・  」
 写真家の島田恵さんは、少しの間考え込んだ。核燃料サイクル施設が集中する六ヶ所村で12年間生活し、変わっていく村の様子、変われない村の暮らしをつぶさに記録し続けたことがある。
 3.11の後、六ヶ所村と福島を結ぶ記録映画「福島、六ヶ所 未来への伝言」を制作し、自主上映会を先月、東京、渋谷の映画館で初公開した。
 核燃料サイクルとは、原発で使用済みの核燃料を再利用する計画だ。エネルギー政策の根幹ともされてきた。核のゴミが全国から集まる六ヶ所村も福島同様、国策に翻弄されながら、都市の繁栄を支えてきた。いわば入り口と出口の関係だと島田さんは考える。
 巨額の交付金と引き換えに推進派と反対派に分断された寒村は、列島の縮図にも映る。
 この三年、おびただしい活字と映像が、福島を伝えてきた。周囲から「公開のタイミングを外したのでは」と指摘されたこともある。
それでもなお、映画を見た多くの人が「知らなかった」とい感想を寄せてくる。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「私たちは福島をまだ知らない。福島原発事故がどれほど大きな事故だったのか。もし偶然の救いがなければ、どれほど巨大な事故になったか、国民としてもっと正しく知る必要があるだろう。
 国会事故調の調査は、実質約三か月だったという。
 報告書は「破損した原子炉の現状は詳しくは判明しておらず、今後の地震、台風など自然災害に果たして耐えられるのかわからない」などと、冒頭で未完成であることを吐露している。
 例えばこんな事実がある。
 震災発生当日、福島第一原発4号機は定期点検中で、核燃料はすべて使用済み燃料の貯蔵プールに移されていた。
 プールの中では約1500体の核燃料が高い崩壊熱を発しており、最も危険な状態だったとされている。放射線量が高く建屋の中に入ることは不可能だったと、作業員は語っている。
 燃料を冷やす手立てがなかったということだ。
 ところが、貯蔵プールの横にある「原子炉ウェル」と呼ばれる竪穴に、大量の水がたまっていた。津波か地震で仕切り板がずれ、そこから貯蔵プールに水が流れて冷やしてくれた。
 そして皮肉にも爆発で建屋の屋根が飛び、外部からの注水が可能になった。
 点検作業の不手際があり、4日前に抜き取られていたはずの水がそこに残されていた。もし“不手際“がなかったら・・・。私たちは幸運だったのだ。」と、恐ろしい事実を教えてくれる。
 さらに続けて社説は、「チェリノブイリ原発事故の原因について、当時のソ連当局は、規則違反の動作試験が行われたため、運転出力が急上昇したことによると発表した。
 しかし、事故から5年後、「主因は人為的なものでなく、原子炉の構造的な欠陥である」という内容の報告書をまとめている。
 米スリーマイル原発事故が起きたのは、作業員が誤って非常用冷却装置を止めてしまったからだと、調査の結果判明した。
 事故原因が解析され、判明し、防止策を講じた上で、原発は再び動き始めた。しかし、福島の場合はどうか。世界史にも例がない多重事故は極めて複雑だ。
 原因究明が不十分なまま再稼働だけを急いで、本当に大丈夫なのだろうか。根源的な疑問は、やっぱり残る。」と指摘した。
 最後に社説は、「3.11以前への回帰を目指すエネルギー基本計画が、間もなく正式に決定される。
 政府は積極的に再稼働を認める姿勢を隠さない。
 だが、原子力規制庁自身が明確に認めているように、世界一の規制基準とは、たとえそうであれ、無事故を保障するものではない。
 地震国日本に、安全な場所はない。なし崩しの再稼働を受け入れるか、受け入れないか。フクシマを知り、フクシマの今を踏まえて、決めるのは私たちである。」と、結んだ。
 社説の指摘で、驚いたのは、「震災発生当日、福島第一原発4号機は定期点検中で、核燃料はすべて使用済み燃料の貯蔵プールに移されていた。
 プールの中では約1500体の核燃料が高い崩壊熱を発しており、最も危険な状態だったとされている。放射線量が高く建屋の中に入ることは不可能だったと、作業員は語っている。
燃料を冷やす手立てがなかったということだ。」と、「ところが、貯蔵プールの横にある「原子炉ウェル」と呼ばれる竪穴に、大量の水がたまっていた。
 津波か地震の衝撃で仕切り版がずれ、そこから貯蔵プールに水が流れて冷やしてくれた。
 そして、皮肉にも爆発で建屋の屋根が飛び、外部からの注水が可能になった。
 点検作業に不手際があり、4日前に抜き取られていたはずの水がそこに残されていた。もし“不手際”がなかったら~~。私たちは幸運だったのだ。」の二か所だ。
 再稼働を進める人たちは、「幸運」という、二匹目のどじょうを当てにしているのだろうか?
 広島・長崎の原爆投下で日本国家が、壊滅をポツダム宣言受け入れで、回避したように、 福島原発事故を、原発廃止の契機にし、日本壊滅を何としても、防がなければならないと、思った。
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by sasakitosio | 2014-03-16 17:12 | 東京新聞を読んで | Trackback(1)