憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

生活と命の乖離

  3月1日朝日新聞朝刊25面、に、「オピニオン 」という欄がある。今日は、ニューヨーク支局長・真鍋弘樹氏が、シカゴ大名誉教授・ノーマ・フィールドさんにインタビューした記事が載った。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 見出しを見ただけで、このインタビューの中身が創造できる。まず、「「平和と繁栄の」後で」・「明日を生きるために 10年先の命を顧みぬ 逃げ場のない時代」・「実感できない希望 怒りを原動力に 主体的に作り出せ」の見出しを見ただけで、読みたくなった。紙面のほぼ一面を埋める、膨大な「活字の山」だが、わけ入ることにした。
< 前略 >
 ――ー確かに、戦後的なものが急速に崩れてきています。の質問に、ノーマさんは答えています。
 「 <前略>   安倍首相も靖国神社参拝を強行しました。米国の従属から一歩踏み出そうとしているのでしょうか。米国を中心とした考え方が良いとは思いませんが、大国の制止も気にしないような空気が漂いつつある。それは非常に怖いです。」
 「いわゆる「普通の国」イコール戦争ができる国ということなのでしょう。戦争になって最初に犠牲になるのは、若くて生活に困っている層だということは米国の歴史が証明しています。東京都知事選の結果からは、そんな若い人たちも「強い国」を主張する田母神俊雄さんに投票したように見えます。最初に戦場に出る若者が右傾化を支持する。それは近代史の忌まわしいパターンの一つだと思います。」
――ー今の若者は「戦争を知らない子供たち」ではなく、「戦後を知らないこどもたち」ですね。  の質問に、ノーマさんは答えています。
 「戦後を知らないし、バブルの頃すら知らない世代です。自分たちに戦後民主主義と繁栄の恩恵がもたらされていると感じられないのだと思います。<後略>」
 「2000年に発行した「祖母のくに」の中の論考で「繁栄感覚が希薄になったとき、その代わりに何が出てくるのか」と書きました。それがいよいよ現実になってきたのを感じます。まず繁栄がなくなり、そして平和さえ犠牲にしようという流れになっている。8月15日に「平和と繁栄」だけを唱え続けてきた欺瞞はずっと気になっていましたが、今聞くと懐かしくなります。」
―――経済の衰退が人々の意識を変えていく、ということですか、との質問に、ノーマンさんは答えます。
 「経済的に一番弱い立場におかれる人は、自分の命さえ犠牲にしないといけないようになります。私は「生活と命の乖離」と呼んでいますが、明日の生活のために5年先、10年先の命を顧みられなくなる。マイケル・ムーア監督の映画「シッコ」で、トニー・ベンという英国労働党の政治家がこう語っています。人が押しつぶされそうになっている状態というのは、支配層にとって、とてもつごうがいい、と。「戦争ができる国」にしようとしている政治家を若い世代が支持するのは、まさに生活と生命の乖離だと思います。」
 ―――「生活と生命の乖離」の例は、ほかにもありそうですね、との質問にたいして、ノーマさんは答えています。
 「ええ、それは格差にあえぐ若い世代に限りません。広い意味では、原発を誘致した地域や原発作業員にも当てはまる。生活のために自分の存在自体をかけなければいけない構図はいたるところにあります。<後略>  」
 「原発に反対しようとするなら、反対できない人々のことを考えなければいけないと思います。選択肢がない人は情報すらほしくなくなる傾向があります。さらに心配の種になるからです。そういう意味では今後、現実を伝える言葉すらタブー視されるのではないでしょうか。」
―――戦後の繁栄と平和を知らない世代に届く言葉を、どう紡ぎ出せばいいでしょうか、との質問に対し、ノーマさんは答えています。
 「都知事選では、宇都宮健児さんも若者の支持率が高かった。田母神さんと宇都宮さんの若い支持層は逆の方向を向いているように見えるけど、実は同じ層から来ているのではないでしょうか。希望を託す先が違うだけで。その双方の若者層に、時代のしわ寄せをすべて負わされている「我々」という意識が生まれたら、可能性があるとも思います。」
      <後略  >
 ――希望は見えにくいけれど、あきらめない、と、の問いに対し、ノーマさんは答えます。
 「「井上ひさしさんは多喜二を描いた戯曲「組曲虐殺」で「絶望するにはいい人が多すぎる。希望を持つには悪い奴が多すぎる」というセリフを主人公に託しています。いとおしく思う人や譲れない理念があるからこそ、愛情とともに怒りが生まれる。
 私にとって怒りは原動力です。これほど人間をばかにした政治を押し通すなんて、放っておけるものか、と考えています。
 希望とは、外にあって元気づけられるものではなく、主体的に作り上げるものです。」
 読んで、新たな刺激を受けた。自分とほぼ同時代の「ノーマ・フィールド」さんの視界が、宇宙からの視界のような気がした。日本に居て日本を客観的に見ることの難しさを知らされた気がした。
 自分は、細川護煕さんの「成熟社会」という考え方は、すとんと落ちたが、それではまだ不十分という「気分」になった。
  昨年末と年始にかけて恒例の外国一人旅。今年はインド・ブッタガヤで「おしゃか様」の足跡をたどりたくて、歩き回って見たものは、一事が万事、今の日本に生きていることの感謝であった。しかし、子どもたちや孫の世代では、同じものでも心に映る景色は異なるのかもしれない、と思った。
 貧しきを憂えず、等しからざるを憂うる、、、そんな諺をふと思い出した。自分は比較的幸せな人生を送ることができたのかもしれない、と思った。
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by sasakitosio | 2014-03-05 07:18 | 朝日新聞を読んで | Trackback