憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

我々は加害者の末裔である

 1月30日付朝日新聞朝刊15面に、「あすを探る」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、映画監督・作家・明治大学特任教授・森達也氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「前略。かってヨーロッパを舞台に戦争は何度も起きた。領土問題も恒常的にあった。でも現在はほぼ消えた。少なくとも東アジアの現状とは相当に違う。帰国してから考え込む。なぜ東アジアは今も国境線を挟んでいがみ合い続けるのか。街場の喧嘩のようなフレーズが双方のメディアの間で躍るのか。
 ヨーロッパの融和が進んだ理由はいくつかある。その一つはホロコーストだ。ナチスドイツほどでないにせよ、他のヨーロッパ諸国もユダヤ人を長く迫害し続けてきた。だからこそ被害者意識だけに埋没できない。他民族を蔑視して差別し続けてきた自分たちの加害性と戦後も直面し続け、後ろめたさを保持し続けてきた(これには功罪あるのだが)。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「鎖国の時代が終わって新しい国家体制を創設するとき、この国は富国強兵と脱亜入欧をスローガンとした。この時期のアジアはほとんどが列強の植民地だ。でもこの国は辛酸を舐めなかった。アジアの盟主として君臨し、中国とロシアを相手にした戦争でも勝利をおさめた。
 この国は特別なのだ。万世一系の現人神に統治されたアジアの一等国。その意識がこの国の伝統的な排他性(村落共同体的メンタリティー)と化学変化を起こす。アジアへの蔑視や優越感を燃料にした思想が正当化され、アジア太平洋戦争へとつながり、やがて敗戦を迎える。でも大きな犠牲を強いられながらもこの国は自分たちの加害性から目をそらし続けてきた。日本を統治するために天皇性存続を選択したアメリカは平和主義の天皇を騙したり追い詰めたりしてこの国を戦争に導いたA級戦犯という存在をつくりあげ、結果として1億国民は彼らに騙された被害者となっていた。
 そのA級戦犯を合祀した靖国問題が、今も東アジアとの関係を揺さぶり続ける。誤解を解きたいと安倍晋三首相は言った。再び戦争の惨禍にお人々が苦しむことのない時代を創る決意を祈念したのだとも。
 ならば同時に宣言するべきだ。戦争とは一部の指導者の意志だけでは始まらない。彼らを支持する国民の相互作用が必要だ。戦争責任をA級戦犯だけに押し付けるべきではない。私たちは被害者であると同時に加害者の末裔でもあるのだと。
 アジア太平洋戦争でこの国はアジアにも負けた。そころがその記憶と実感は薄い。だからこそアメリカに従属しながらアジアへの優越感は保持されて戦後の経済発展の原動力の一つとなった。つまり脱亜入米だ。」と指摘した。
 さらに筆者は、「ヨーロッパの人はよく、ユーラシア大陸を東に行けば行くほど夜が明るくなると口にするが。確かに極東の島国は夜も煌々と輝いていた。世界第三位の54基の原発に電力を支えられながら。そんな時代が今終わりかけている。でもアジアの一部になることを認めたくない。ずっと抱いてきた優越感や蔑視感情をどうしても中和できない。そのいら立ちが反中や嫌韓の感情へとリンクする。
 一部の指導者にのみ戦争責任を押し付けた観点において、東京裁判は明確な過ちを犯している。責任は天皇と当時の国民すべてにある。だから、(靖国が適当かどうかは措く)A級戦犯も同じように祀る。そう宣言して自分たちの加害性を直視することで、ようやく戦争のメカニズムが見えてくる。」と指摘した。
 最後に筆者は、「歴史上はほとんどの戦争は、自衛への熱狂から始まっている。指導者やメディアは平和を願うと言いながら、結局は危機を煽って、国民の期待や欲求に応えようと暴走する。とくに安倍政権誕生以降、自衛の概念が肥大している。大義になりかけている。ならば、この国はまた同じ過ちを犯す。積極的な平和主義を唱えながら。」と締めくくった。
 読んで、今までなかなか理解できなかったことの一つがはっきりした。
 それは、8年がかり約30回余の「憲法のビデオ学習会」で、誰も戦争の責任を論ずる人がいないのはなぜか、ということだった。戦争の原因と、結果の責任をはっきりさせなければ、再び戦争が起きないようにする「手だて」が見えないと、自分ではかねがね考えていたから。
 筆者のいうとおり、太平洋戦争は、天皇も国民もすべてが原因であり結果であるとすれば、誰からも戦争責任論が出ないことが納得できた。となると、今までの反戦・護憲の運動は、練り直さなければならないようだ。
 
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by sasakitosio | 2014-02-04 07:46 | 東京新聞を読んで | Trackback