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by sasakitosio

原発政策 政治の無責任は許されぬ

 1月6日付朝日新聞社説に、「原発政策 政治の無責任は許されぬ」という大見出し、「目に余るご都合主義、採算なき再処理事業、政策転換への機会に」の小見出しで、原発に関する記事が載った。
 今日はこの社説に学ぶことにする。
 社説は、「<前略> 再稼働への政権の姿勢が原発政策を無責任に「元に戻す」典型だとすれば、「元のままでやり過ごす」無責任の象徴が、使用済み核燃料を再処理して使うサイクル事業の維持である。
巨額のコストがかり、資源の有効活用という意義がなくなった核燃サイクル事業は、「撤退」が世界の流れだ。
 政府は、非核保有国として唯一、再処理を認められた事情から「日米による原子力協力」を掲げる。
 だが米国は、日本が海外での再処理によって核兵器数千発分のプルトニュウムをため込んでいることが、他国のプルトニュウム保有の口実になりかねないことへの強い懸念がある。
 再処理や核拡散問題に詳しい海外の研究者ら5人も、青森県六ケ所村にある再処理工場の稼働中止をを求め、それがすぐに決められない場合は長期間棚上げすべきだ、などとする共同提案をこのほど朝日新聞に寄せた。 
 「再処理しないと使用済み燃料があふれる」との政府の説明も説得力に欠ける。」と指摘した。
 つづけて社説は、「福島第一原発の事故収束や老朽化した原発の廃炉、代替電源の開発、送電網の再構築など、電力産業が今ほど資金を必要としているときはない。
 一方で、巨額の設備投資を電気料金で確実に回収できる総括原価方式は、廃止が決まっている。巨大な「金食い虫」になることが確実なサイクル事業を続ける余裕はないはずだ。
 政府内では過去に政策転換が模索されてきた。それが実現できなかった背景には、使用済み燃料を再処理への「資源」として受け入れてきた青森県に「廃棄物の処分場にはしない」と約束してきた経緯がある。
 再処理をやめれば、各原発が青森県から使用済み燃料の引き取りを求められ、原発の稼働に支障が出るという恐怖心だ。」と指摘した。
 最後に社説は、「だが、これだけ大きな原発事故を起こしたのである。切るにきれなかった不良債権を処理する危機にすべきだ。
 もちろん青森県にはていねいに説明する必要がある。乾式貯蔵についても電力消費地を含めた協議が必要だ。必要な費用は誰がどう負担するなど課題は山積している。それでも、意味のないサイクル事業を続けるより、はるかに建設的だ。
 原発事故の後始末で、国は一歩前へと出る決断をした。原発政策全体についても、責任放棄は許されない。」と、結んだ。
 読んで、勉強になった。総括原価主義という「無責任経営」を許す、「マジックの仕掛け」の廃止が決まっている、ということは、はじめて知った。ならば、社説の主張のように、「金食い虫」に成長すること必死の「サイクル事業」は、一日も早く国は廃止の決断をしなければならないはずだ。これを、「元のままでやり過ごす」無作為は、現在の政策責任者が故意に、国家に損害を与えたとして、将来の国民から「国家賠償の請求」をされると、覚悟すべきである。
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by sasakitosio | 2014-01-10 17:46 | 朝日新聞を読んで | Trackback