憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

他者の視線考える国に

 12月22日東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という、署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、立教大学大学院教授・哲学者・内山節氏だ。今日はこの記事に学ぶことにした
 筆者は、今年一年を振り返ってみるとだんだん世界は余裕を失ってきたと感じている。それは政治や経済などのさまざまな分野でいえるけれども、そう感じさせる一番の理由は、それぞれの国が為政者のやりたいことをしているだけで、その政策や方針が外国からどうゆうふうに見られているのかを考える力がなくなっている、というところにある。」と切り出した。
つづけて、筆者は、「特定秘密保護法の可決は、その代表的な出来事であった。いま日本がこのような法律を制定することが、外国から見るとどう感じられるのかという視点が、政府に全く欠けていた。ヨーロッパのマスコミの論調をみても、なぜこんな時代錯誤の法を日本は通すのかというものが多かった。世界は情報公開の方向に向かっているのである。そのとき日本だけが歴史を逆転させるような法律をつくろうとしている。不思議な国、変な国という印象を与えたことは確かだ。
 中国や韓国から見れば、日本は再び危険な国になろうとしているというだろう。もちろん、外国からの視線がつねに正しいとは限らないが、自分たちが外国からどう見られているのかを考えない政治は、少なくとも大国の政治ではない。それでは尊重される国には絶対ならないだろう。
 同じことが中国などにもいえる。自分たちの政策が外国からどう受け止められているのかが全く配慮されていない。自分たちのやりたいことをしているだけの政治は、周辺諸国を警戒させるだけである。
 環太平洋連携協定(TPP)をめぐる米国の態度も同じだ。米国の利益をごり押しするだけの交渉では、米国の地位を低下させるということを考える余裕が、この国にもなくなっているのだろう。」と指摘した。
 さらに筆者は、「他者の視線を意識することで他者への理解を生み、他者との連携や協力関係の創造にもつながることを、私たちは忘れてはならないだろう。このような視点から見れば、現在の日本の政治は劣化した政治だというしかない。
 日本を大切にしたいなら、尊重される国を作らなければならないはずなのに、逆に警戒される国をつくりだしてしまっている。中国の政治と同じレベルのことをしてしまっているのである。特定秘密保護法は、その意味でも国を劣化させる法律である。」と指摘した。
 最後に筆者は、「能の大成者である世阿弥は「離見の見」という言葉を大事にしていた。能役者が舞台に立ったとき、観客の視線で自分を見ながら舞わなければいけない、という意味の言葉である。
 私たちに大事なのはこのことだ。私たちは自然からどのように見られているのか、自分たちの行動は立場の違う人にはどう映っていつのか、日本という国は外国からどうみえのか、そういうことを考えながら行動できることが、環境問題でも、温かい社会をつくるときにも、尊重される国をつくるためにも必要なのである。」と結んでいる。
 よんで、大いに勉強になった。
 最近自分は地球の「いそうろう」だと気づいた。地球の恩恵を受けっぱなしで、生きている。地球のためになることは、何もしていないのではないか。と気づいた。生きるも、死ぬも、地球に意思があるならば、地球の意思のままではないか。むかし、親におてんとうさまが見てるから、悪いことをしても、必ずばれるから、正しいことをしなさい、と言われた。それ以来、「自分の良心、内なる心」に恥じないよう心がげてきた。それでも、特別のことは何も起きていませんが。
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by sasakitosio | 2013-12-27 17:01 | 東京新聞を読んで | Trackback