憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

官僚制に”鎖”をつけよ

 12月8日付東京新聞社説に、「官僚制に“鎖”をつけよ  特定秘密保護法案」という大見出しで、「善良でも「省益」に走る、無力な国会でいいのか、知識で武装するために」の小見出しで、「反対」の声を無視し、成立した特定秘密保護法についての記事が載った。
 今日はこの社説に学ぶことにした。
 社説は、「<自らの支配者たらんとする人民は、知識が与える力で自らを武装しなければならない>
 米国の第四代大統領ジェームズ・マディソンは、1822年に知人宛ての手紙にそう書いた。
 日本の支配者は、主権者たる国民のはずである。その国民が情報を十分に得られなかったら・・。マディソンははこうも書いている。 
<人民が情報を持たず、または、それを得る手段を持たないような人民の政府は、喜劇への序幕か悲劇への序幕にすぎない。>
 政府には喜劇であり、国民には悲劇である。
 <中略>
 「「職務上の秘密」という概念は、官僚制独自の発明物」と喝破した社会学者マックス・ウェーバーはこう述べている。
<官僚的行政は、その傾向からいうと、つねに公開禁止を旨とする行政なのである。官僚制は、その知識や行動を、できることならどうしても、批判の目からおおいっかくそうとする> 
    <中略> 
 個人として善良な官僚たちでも、組織となると独善に陥り、「省益」を守るべく奔走する。」と指摘する。
 つづけて社説は、「特定秘密保護法は、さらに官僚制に好都合な装置だ。行政機関の「長」の判断で、重要情報を国民の目から覆い隠せるからだ。「安全保障」ワッペンさえ貼れば、違法秘密でも秘匿できる。先進国の中で、官僚制にこれほどフリーハンドを与えている国はあるまい。欠陥がぼろぼろ出てきたため、政府は改善と呼ぶ提案をトランプのカードのように次々と切ってきた。「保全監視委員会」を内閣官房に、「情報保全監察室」を内閣府に・・・。
 だが、行政機関を身内の行政機関が客観的に監視できるはずがない。法律自体が欠陥なのだから、取り繕う手段がないのだ。それならば、いったん成立した法律を次の国会で廃棄するのが、最も適切な対応だと考える。」と、厳しく、批判した。
 さらに社説は、「秘密保護法はまさに情報統制色を帯びている。だから国民の代表者である国会議員をも処罰する規定を持たせている。特定秘密には国政調査権も及ばない。議員はまるで無力である。国会は政府の言いなりの存在になる。 
国権の最高機関よりも、行政権が優位に立つ不思議な国の姿になろう。三権分立を崩す法律には、議員こそ反対すべきだった。その反省に立ち、議員らは官僚の暴走を食い止める”鎖“となる仕組みを構築すべきだ。<中略>「情報は国民のも」のという原則で、情報公開法を全面改正する。公文書管理法も改正し、行政に責任を持たせる~~。官僚制に”鎖“をつける方法はいくらでもある。」と、提案しながら、指摘した。
 最後に社説は、「首相は「国益」というが、これまでの経験則では官僚が狙うのは「省益」だ。「国民の利益」はいつも置き去りになる。
 民主主義を機能させるには、国民に情報がもたらす知識で「武装」せねばならない。
 少なくとも情報公開法と公文書管理法の抜本改正という、トランプのエースのカードを国民に与えるべきである。」と、締めくくった。
 よんで、大変勉強になった。マディソン大統領の言葉も、マックス・ウエーバーの言葉も、いまでも十分つうようする「含蓄あるもの」であった。それにしても、不思議なのは、社説の指摘のように「ひどすぎる法律」を、賛成する国会議員の「理解力、感性、想像力、空想力」は、いかがなものか?それこそ、国費の無駄遣い、その極みではないか?社説が、次善策の提案をしているが、その理解は相手側の事情で、ないものねだりではないか?また、今の政権に期待するのは、水たまりで魚をつるようなものではないか?政権が代わるしか、民主主義も国民主権も基本的人権も平和主義も、危機的状況を脱することが、できないのではないか?
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by sasakitosio | 2013-12-10 17:34 | 東京新聞を読んで | Trackback