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by sasakitosio

戦前の秘密保護法 国力データ秘したまま戦争決断

 12月5日付朝日新聞朝刊17面に、「読み解き経済」という署名入りの囲み記事がある。今日の筆者は、東京大学大学院経済学研究科教授・岡崎哲二氏だ。
 今日はこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「政府が提案した特定秘密保護法案は衆議院本会議において可決され、参議院で審議されている。衆議院での審議や、マスコミの報道等で指摘されているように、政府が「特定秘密」に指定しうる情報の範囲が明確に限定されておらず、政府に大きな裁量が与えられていること、また指定の妥当性などをチェックする仕組みが用意されていないことなど、法案におおきな問題点がある。」と切り出した。
 さらに筆者は、「戦前の日本には、軍事機密・国家機密を保護するためのいくつかの法律があった。
 軍機保護法(1899年7月公布、1937年8月改正公布)
 軍用資源秘密保護法(39年3月公布)
 国防保安法(41年3月公布)などがそれである。
       <中略>
 41年10月17日、昭和天皇は、この日に内閣総理大臣への就任が決まった東条英機に対し、「帝国国策遂行要領」(41年9月6日御前会議決定)を白紙に戻して、米・英・オランダ3国に対する開戦の可否を一から再検討することを求めた。
 その後の過程で、開戦決定への大きな一歩となったのは、新しい「帝国国策遂行要領」を決定した11月5日の御前会議である。
 この会議で国家総動員計画の設定と遂行に関する調整を担当していた企画院の総裁・鈴木貞一は、開戦を想定した場合の経済見通しについて次のように説明し、経済運営の観点から開戦は可能と報告した。   <中略>
このほうこくが企画院でまとめられる過程で、10月末から11月はじめの大本営・政府連絡会議では、輸送船利用可能量・造船能力・鉄鋼生産等の「物的国力」に関して出席者の間で激しい議論が戦わされた。とくに大蔵大臣・賀屋興宣は、海軍大臣・嶋田繁太郎や鈴木企画院総裁のこれらの数量に関する見通しの不確かさを再三にわたって激しく追及し、開戦した場合の日本の戦争遂行能力に疑問を呈し続けた。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「鉄鋼・造船の産業の生産能力が、太平洋戦争開戦の可否という、文字通り国の存亡にかかわる国策決定において重要な論点として議論されたことは、一面でそれらに関する情報の秘匿を正当化する理由となりうるであろう。
 しかし反面で、決定される国策が重大な意味を持つからこそ、国民がその妥当性を考え、判断するための情報が、国民に提供されるべきであるということもできる。
 ごく少数の統帥部・政府最高幹部による上記のような議論を経て、大本営・政府連絡会議は12月1日、開戦を最終的に決定した。その決定によって日本は、日本国民だけで200万人以上が犠牲となる苛烈な戦争に突入していったのである。」と締めくくった。
 読んで、大変勉強になった。賀屋興宣という人のことも、昭和天皇のことも、理解が深まった。戦争という、国民に大きな犠牲を負わせる時には、時の権力者は国民の声聞かず、無視するものだということか。
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by sasakitosio | 2013-12-09 06:55 | 朝日新聞を読んで | Trackback