憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

「テロ」と石破氏 デモの重み感じぬ鈍さ

 12月3日付東京新聞社説に、「「テロ」と石破氏 デモの重み感じぬ鈍さ」の見出しで、「自民党の石破茂幹事長が自身のブログに、デモ活動を「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思う」と記した」ことに関する記事が載った。
 今日は、この社説に学ぶことにした。
 社説は、「デモ活動がテロ行為であろうはずがない。デモは有権者による意思表示の重要な手段で、憲法も表現の自由を保障する。デモの持つ重みを理解していないのなら、あまりにも鈍感で、政治家失格だ。」と、厳しい言葉で、切り出した。
 つづいて社説は、「政権与党の幹部が、国会周辺で繰り広げられているデモ活動をどのように見ているのか、本音がよくうかがえる発言である。<中略>
 国会周辺のデモは「国会議事堂・外国公館等周辺地域の静穏保持法」や東京都の集会条例で規制されている。デモが憲法でその自由が認められた活動とはいえ、法治国家である以上、法律や条例を順守して行われるのは当然だ。そう考えると、特定秘密保護法案や原発再稼働に反対するデモ活動が、警備の厳重な国会周辺で今も行われているのは、法律や条例に違反していないからだろう。ベテラン政治家なら、その程度のことはご存じのはずではないか。」と、指摘した・
 さらに社説は、「有権者にとって政治家や政策を選択する最大の機会は選挙だが白紙委任をしたわけではない。政治が自分たちの思いと違う方向に進もうとしているなら、声を上げるのは当然だ。
 石破氏はデモ活動が民主主義社会で果たす役割をどこまで理解しているのか。政権与党の幹部なら、自らへの痛烈な批判と受取べきでなかったのか。
 石破氏の記述を見逃せないのは、安倍内閣が国民の声に耳をふさぎ、特定秘密保護法案の成立を強行しようとしているからだ。
 この法案はテロの定義があいまいで、「主義主張に基づき、国家もしくは他人にこれを強要」する行為も、テロに該当するかのように読めてしまう。」と指摘した。
 最後に社説は、「正当なはずのデモ活動が「主義主張を強要した」としてテロに認定され、取締りの対象になってしまうとしたら、そんな国家が民主主義体制と言えるのか。
 石破氏はデモに対する誤った認識を撤回し、自ら責任を明らかにすべきだ。種々の懸念が指摘されるこの法案が、廃案とすべき悪法であることは、言うまでもない。」と締めくくった。
 社説の主張に、共感する。ただ、石破氏はじめ与党の皆さんは、本気で「デモも取り締まるために」、特定秘密保護法を作ったのではなかろうか?メディアは、発言の撤回を求めるよりも、もっと褒めて、「テロとデモ」の区別ができない石破氏をはじめ与党の皆さんの真実の「姿」を、国民の前に「晒す」ことに努力していただけないものかと、思った。
 
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by sasakitosio | 2013-12-06 19:11 | 東京新聞を読んで | Trackback