憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

消費増税と徴税倫理

 11月24日東京新聞朝刊4面に、「時代を読む」という署名入りの囲み記事がある。筆者は、同志社大学教授・浜矩子氏だ。
 今日はこの記事で勉強することにした。
 筆者は、「「強い酒にはご用心である。飲むと、徴税人たちに向けて発砲し、しかも、打ち損じることになるからだ。」。ロバート・A・ハインラインの言葉だ。ハインラインはご承知のとおりだ。米国を代表するSF作家である。
 さすがは、シャープな空想科学小説家である。実にコンパクトに、実に勘所を押さえて、税金というものに関する人々の思いを表現している。自分のカネは自分のカネだ。自分のカネは自分と自分のとって大切な人々のために使いたい。我々のポケットに手を突っ込んで、政府がカネを巻き上げるとは、何事か。いずれも、至極もっともな人間的心情だ。それを踏みにじってまで、国家が国民から税金を徴収しなければいけないのはなぜか。消費増税に向かって、政治が動き出した今あらためて、この辺を確認しておきたいと思う。」と切り出した。 
 国が税金を取るのは、その収入によって国民に奉仕するためだ。安全や健康や利便性の基盤を、国民のために確保する。その必要経費を賄うために、税金がある。<中略>
 われわれ納税者としては、この点を忘れてはいけない。二つの意味で然りである。 第一に、生活基盤を支えてほしいなら、税金はきちんと払わなければならない。第二に、サービス事業者としての国の有用性と有効性は、常に厳しく監視する必要がある。」と指摘した。
 さらに筆者は、「経済学の生みの親であるアダム・スミスが「国富論」の中で、消費税に言及している。先生いわく、生活必需品の消費に課税するならそれに見合って人々の賃金が上昇する必要がある。なぜなら、収入が増えなければ、労働者は増税によって値段が上がった必需品を変えなくなるからだ。誠にごもっともである。
 日本においては、いまや、貧困世帯の数が先進国には不相応に多くなっている。豊かさの中の貧困問題だ。これが今の日本が抱えている最大の問題だ。この問題の当事者たちこそ、スミス先生のの心配の種となっている人々にほかならない。彼らを貧困の淵にさまよわせたままの状態で、消費税を引き上げればどうなるか。下手をすれば、彼らを貧困の淵から死の淵に追いやることとなりかねない。」と、指摘した。
 最後に筆者は、「人々が人間らしくまともに生きられる。誰にでも、その権利が保障される。そのような環境を整えるためにこそ、国家とその装置は存在する。そうであるはずだ。<中略>税金がそのような機能を果たすという認識のもとに、われわれは自分たちのポケットの中から税金を払う、それが国民と国家の間の契約関係であるはずだ。この租税論理を、今日の徴税人たちはどこまで理解しているだろうか。納税倫理という言葉がある。<中略>だが徴税倫理というものについても、我々は思いをはせるべきだろう。徴税人たちこそ、倫理と理念がしっかりしている必要がある。そうであってこそ、彼らは、酔っ払いに打ち殺されることを逃れる。」と結んでいる。
 アダム・スミスが消費税について、のたまわっていることは,初めて知った。ひとつ利口になった。徴税人に倫理があれば、納税の時「ご苦労さん」でなくて、「ありがとう」だろう。
 また、徴税人よりも、「タックスエータ―」「税金を使う人」の方に、租税倫理を毎朝の朝礼で「復唱」する、倫理の時間が必要ではないのか。血税が、会計検査院に4000億からの無駄が指摘されて、テレビの前で最高責任者の総理大臣・担当大臣・次官等が一列に並んで「詫びた」と聞いたことがない。
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by sasakitosio | 2013-11-29 13:21 | 東京新聞を読んで | Trackback