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by sasakitosio

ドミニカ移民  小泉談話の持つ力

 11月10日付朝日新聞社説下に、「ザ・コラム」という署名入りの囲み記事がある。筆者は編集委員大久保真紀氏だ。きょうはこの記事に学ぶことにした。
 筆者は、「カリブ海にあるドミニカ共和国を先日訪ねた。日本人移住者による物故者慰霊祭を取材するためだ。新大陸を発見したコロンブスが最初に足を踏み入れ、初めて町が築かれた地。彼の遺体が首都サントドミンゴに葬られている。
 1956年から59年にかけて、日本から249家族1319人が移り住んだ。18ヘクタールの優良農地を無償譲渡するという日本政府の募集に大規模農業を夢見た人たちが、田畑や財産を処分し、鹿児島、福島、高知、山口県などから新天地に向かった。待っていたのは、石ころの山、塩の砂漠、乾燥した荒れ地だった。
 土地はもらえず、生活は困難を極めた。<中略> 残った47家族がいま、約千人の日系人社会を築く。
 私が彼らの存在を知ったのは16年前。募集要項の履行を訴えるため移住者16人が集団帰国した時だった。「日本政府のドミニカ移民政策は詐欺同然だ」と口々に語られる話のあまりのひどさに愕然とした。」と切り出した。 
 つづけて筆者は、「その中に、嶽釜徹さん(75)がいた。<中略> 「話が違う」と先頭に立ち、現地の日本大使館にに通い続けた父が逝ったのは87年。「移住問題の解決を頼む」という遺志を継ぎ、何度も来日して政府と交渉を続けた。
 無視する政府に対し、移住者たちは2000年、損害賠償を求めて提訴した。原告は計177にん。金を出し合い、代表者として嶽釜さんを法廷へ送った。裁判の弁論など訪日は計67回。家族で自動車工場を営みながら、私費もかなり投入した。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「06年6月の東京地裁判決は、国の責任を全面的に認める一方で、20年の除斥期間の経過によって請求権は消滅したとして棄却した。「祖国とは何なのか。自国民をだまし、苦しめ、殺すのが祖国なのか」と悔し涙を見せる嶽釜さんの姿は痛々しかった。」と、伝えてくれる。
 そして筆者は、「だが、政治が動く。判決内容を聞いた当時の小泉純一郎首相(71)は「実質敗訴だな」と漏らし、国の謝罪を閣議決定、最高200万の見舞金の支給を決めた。「政府として率直に反省し、お詫び申し上げます」。率直に非を認めた、極めて珍しい首相談話が出た。原告は控訴を取り下げた。」と、小泉元総理の決断があったことを教えてくれた。
 さらに筆者は、「その裏に、裁判を傍聴し、移住者を支援した元厚生労働相で自民党参議院議員の尾辻秀久さん(73)の存在がある。尾辻さんはこの問題に興味を持ち、外務省の役人を呼んで説明を求めた。が、「ホームページを見て下さい。」。その態度にあきれ、自ら調べるようになり、現地にも足を運んだ。
 首相だった小泉さんとは怒鳴り合いのケンカをしたこともある仲だったが、首相談話を出す際、「謝るんならきちんと謝ってください」というと、小泉さんは「そうだな」と応じたという。文面は当初の「遺憾」から、率直な謝罪に変わった。「普通の総理ならああは書かない」と尾辻さんはいう。
 首相談話は書状として、移住50周年記念式典で移住者一人ひとりに手渡された。」とも教えてくれる。
 最後に筆者は、「今回ドミニカを訪問して「政治の力」を改めて痛感した。<中略>
 政治家が方向性を出さない限り、官僚は動かない。それが日本の現実なんだ。<中略>
 想像を絶する移住者たちの絶望、そのあとの努力と苦労―――その地に立ち、私は流れる涙を止めることができなかった。」と結んでいる。
 読んで、自分の無知を恥じた。そして、筆者と朝日新聞に「この記事を書き」、「紙面に載せたこと」に、感謝したい気持ちだ。
 紙面に出た、小泉元総理の言葉が、その「リズムと声音」で聞こえてくるように、思えた。このことで、脱原発に対する小泉元総理の「発言」の確かさを、確信できた。これが「内閣」「総理」のリーダーシップの意味か!!
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by sasakitosio | 2013-11-13 07:37 | 朝日新聞を読んで | Trackback