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by sasakitosio

山本議員「手紙」 軽挙慎み脱原発を前へ

 11月2日付東京新聞社説に、「山本議員「手紙」 軽挙を慎み脱原発を前へ」の見出しで、山本議員の天皇陛下への手紙問題についての記事が載った。今日は、この社説で勉強することにした。
 社説は、「脱原発を掲げる山本太郎参院議員が天皇陛下に手紙を渡し、「天皇の政治利用」と批判されている。儀礼を欠き、脱原発運動に水を差しかねない軽挙だが、批判する側に処分する資格があるか。」と切り出した。
 つづけて社説は、「「日本国民統合の象徴」として国民生活の安寧を祈る天皇に、原発を取り巻く厳しい現状を伝えたい気持ちは分からなくもない。しかし、山本氏は主権者たる国民の代表である。「国政に関する権能を有しない」天皇に、高度に政治的テーマと化している原発問題で何かを期待するこのは、日本国憲法の趣旨に反する。
 子どもを被ばくから守り、原発作業員の労働環境を改善し、国のエネルギー政策を脱原発に導くのは山本氏自身の仕事だ。国民の負託を受けた以上、どんなに困難でも、やり遂げる責任がある。(中略)
山本氏の行動は、脱原発を求めるうねりに付け入る隙を与え、運動全体にマイナスとなりかねない。慎むべきだった。まずは自覚を促したい、。」と山本議員の軽挙を戒め、自覚を促した。
 さらに社説は、「ただ、山本氏を批判する自民、民主両党に「天皇の政治利用」を断罪する資格があるか。(中略)
 自らの行動顧みず、無所属議員を追い詰めるなら、多数派の横暴、との誹りを逃れまい。」とも指摘している。
最後の社説は、「政府と国会に求められているのは、除染や補償を含む原発事故の収束に全力を挙げる。原発の危険性を認識し、使用済み核燃料の最終処分場のめどもないのに、原発政策を進めることの不合理に一日も早く気付くことだ。山本氏の処分問題にエネルギーを浪費している場合ではない。」と、締めくくった。
 社説の主張を是としたい。
 その上で、山本参議院議員の当選を喜び、活動に期待してきた一人として、天皇陛下への「手紙」問題でいくつか考えさせられた。
 ひとつは、社説に軽挙といわれるような「行動」をする一種「抜けた人物」でないと、東京選挙区で、無所属で、参院選挙に当選できなかったのではないか。?
 今一つは、当選した後の「軽挙」は、「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す」の、大日本帝国憲法の時代ならいざ知らず、今は「天皇は、日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」と、日本国憲法に明記してある。山本氏には、田中正造が天皇に直訴した「時代」と、今が、憲法の中身が全く違うことを、分かっているのだろうか?気になった。主権者は国民なのだ。国会議員は国民の代表者なのだ。
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by sasakitosio | 2013-11-07 17:30 | 東京新聞を読んで | Trackback