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by sasakitosio

週のはじめに考える 秋の味よ、永遠なれ

 10月27日付東京新聞社説に、「週のはじめに考える 秋の味よ、永遠なれ」との見出しで、食べ物についての記事が社説になった。
 今日はこの社説で勉強することにした。
 社説は、「猿沢の池から細く伸びる奈良市の上街道。、、、、、「樫舎」は、間口約二間の小さな和菓子店。春日大社や薬師寺、西大寺のご用を務めるお店ですが、特にそれをうたうわけではありません。大和郡山の老舗で修業を積んだ喜多誠一郎さん(40)が縁あって店を開いて丁度10年になるそうです。「お菓子というのは、95%素材で決まる」喜多さんの信念です。」で始まりました。
 つづいて社説は、「喜多さんはこの9月、京都福知山の雑貨商が在庫していた丹波大納言を買い占めました。自らトラックを操って、自分の店の別の倉庫に移した直後、福知山の倉庫が台風に襲われて、水浸しになりました。貴重な小豆が随分救われました。」と教えてくれる。
 さらに社説は、「なぜそんなことをしたのでしょう。「なるべく高く買うためです」と喜多さんは振り返る。――――中略――――
 小豆年度は10月から始まります。その前に冷蔵庫を空っぽにしてやれば、雑穀商は2013年度産の小豆を仕入れて再び倉庫を満たし相場は保たれます。上質の小豆が絶えれば、お菓子屋さんも困ります。農家同士が競い合って小豆の質を高めれば、和菓子の質も向上します。お互いに支え合う関係です。では高く買った小豆はどうするか。
「一生懸命売るだけです」と喜多さんは笑います。」とふしぎな話を紹介する。
さらに社説は、「そんな喜多さんに支援の手を差し伸べたのが、歌手さだまさしさんでした。春日大社の祭事で知り合い、意気投合した友人です。
 さださんが言いました。「甘くない甘納豆を作ってくれよ」。上質の小豆でできた、甘すぎない納豆という意味です。
 喜多さんは、さださんのコンサートツアーに同行し、リクエストに応じて作った丹波大納言の納豆を一つ千円で売っています。一箱づつ手渡しで、丁寧に感謝の言葉を添えながら。
 さださんもステージで喜多さんのことを語っています。その中にこんなコメントがありました。
 「安いのはうれしい。でも正しくありません。」
 その一言がなぜか頭を離れません。」と筆者の感性を伝えている。
最後に社説は、「安いのはうれしい。それは否定できません。ところが、消費者がそれを求めているからと、量販店が世界中から食材をかき集め、売り場を満たしているうちに、身近にあった田んぼや畑、魚市場や台所の風景は遠ざかり、見えなくなってきました。
 恵みへの畏敬は薄れ、私たちは先々のことも考えず、ウナギやマグロを食べつくそうとしています。温暖化が旬をかきか乱し、食品偽装は後を絶たない。素性の知れない食べ物で胃袋を満たす食生活。これは正しくありません。このままでは持続可能とも文化的とも言い難い。食べ物は、命をいただき命をはぐくむ特別な商品です。感謝をこめて正しく選ぶ能力を、私たちは取り戻さなければなりません。」と結んでいる。
 よんで、いろいろ考えさせられた。
 人間は、誰しも、何かを食べ、どこかに住み、何かを着て、何かを楽しみとして、生きています。それらのすべてが、食べ物だけではありません。身の回りのものすべてによって生きていけるわけです。だから、生産者も消費者も、ともに豊かに暮らせる「物やサービス」の価格を壊してはいけない。しかし、それをどうやって決め・維持するかが、限りなく難しい。が、「あらゆることを自分を勘定に入れづに」、行動する指導者・為政者を熱望する。
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by sasakitosio | 2013-11-02 06:59 | 東京新聞を読んで | Trackback