憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

安息求めた聖地 、和平遠く

 10月14日付朝日新聞社説下に、「風」という署名入り囲み記事がある。筆者は、中東アフリカ総局長川上泰徳氏だ。「オスロ合意20年 安息求めた聖地、和平遠く」の見出しで、エルサレムからの発信だ。
 筆者によれば、「1993年9月にイスラエルとパレスチナがオスロ合意に調印した。パレスチナ自治が始まったころ、ドームの中に入って巨岩を見た。合意から20年の今年は、入ろうとして守衛に止められた。「2000年にシャロン(元イスラエル首相)が入って問題を起こした後、異教徒の入場は禁止された。」という。
 ひとつの神の下で聖地は隣り合い、重なり合うが、人間は聖地を巡って争ってきた。
 旧市街地は城壁で囲まれ、1平方キロに 4万人が住む。」とのこと。
 また筆者は、「パレスチナ人の多様さは、聖地が人々を引きつけた結果だ。一方、ユダヤ人地区には約2000人が住む。旧市街は48年の第一次中東戦争でヨルダンが支配し、ユダヤ人は退去した。67年の第3次中東戦争でイスラエルが支配し、ユダヤ人が戻った。いまのユダヤ住民の多くは帰還者だ。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「ここでは誰もがさまざまな過去を背負い、救いや安心を求めてやってくる。なのに、なぜ。和平が実現しないまま過ぎた20年のむなしさを思う。」と結んでいる。どうしたら和平が実現できるかの「ヒント」が、現地からのニュースで一つでも発見できないものか。
 私は、半世紀近く朝日新聞を購読している。その為か、また、よくテレビで見る映像は「イスラエル軍の戦車に、パレスチナの群衆が投石」がほとんどのせいか、イスラエルが悪者のように思ってきた。近年、エルサレムに連泊して、エルサレムの旧市街の内外を一人で歩き回って、「聖墳墓教会・岩のドーム・嘆きの壁」の三大聖地で「敬虔な祈り」をささげて来て、いくつか自分にとって新しい発見があった。
 ひとつは、イスラエルの警察の車は「日本車」であった。空港でも街中でも、日本人の私に対してやさしくしていただいた。
 とくに、出かける前に、開かずの「黄金の門」をぜひとも見たいと思っていた。幸い、旧市街の城壁の外側を独り歩きし、誰もいなかったので、これ幸いとユダヤ人の墓地の隙間を歩いて「黄金の門」に近づき、写真を撮り、さわり、一人感動して帰路につき歩き始めた。その時、天から降ったか、地から湧いたか、軽機関銃を持った若い軍人二人が、とことこ近づいてきて「質問」をしたいと英語で話しかけてきた。なにか、イスラエルでは「してはいけないなにか」をしてしまったのか?とぎょっとした。ときに、咄嗟にアイアム・ジャパニーズと胸を張って言ったら、パスポートも見ることもなく、解放してくれた。
 二つ目は、岩のドームでの祈り、嘆きの壁での祈り、聖墳墓教会での祈り、を見て思った、「祈る姿に神宿る」と。共通なのは、真摯な祈りである、と。祈る対象の違いによって争うことは、ましてや、宗教指導者の違いによって争うことは、地球的視点から見ると人間は何か大きな勘違いをしているのではないか、と考えた。
 三つ目は、砂漠につくられた、セメントの城壁・有刺鉄線をみて、これはイスラエルの強さの象徴ではなくて、恐怖の象徴ではないか、と。ために、この国はいつでも戦争できる国だとおもった。
 また、過去に、ローマの城壁の周囲を歩き廻り、イスタンブールの城壁周囲を歩き廻り、西安の明の城壁の石畳を「自転車」で走り廻り、城壁は内なるものの外なる者への「恐怖心」の象徴ではないか、と。日本に帰ってから考えた。
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by sasakitosio | 2013-10-18 19:41 | 朝日新聞を読んで | Trackback