憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

軍や外圧は危うい誘惑

 9月26日付朝日新聞15面論壇時評に、「あすを探る 外交」という署名入りの囲み記事がある。「軍や外圧は危うい誘惑」という見出しで、中東情勢を分析している。筆者は、千葉大教授・中東政治研究の酒井啓子氏だ。
 今日は、この記事に学ぶことにした。
 筆者は、「9.11の再来を防ぐために、と行われたアフガニスタン戦争、イラク戦争は、従来国際社会がタブーとしたことを人道と世界の安全を名目として既成事実化した。それは、「外国軍が介入して、一国の政権を転覆する。」ことである。換言すれば、外圧と軍事力だ。今中東で起きていることの底流には、その規制事実がある。「外国軍の介入で政権転覆」は介入する側とされる側で、持つ意味が違う。」、
 「介入する側にとっては、あくまでもそれはリスクとコストの問題である。自国や同盟国の安全に脅威となる事態に対して、その原因となる政権を取り除きたいと考えるかどうか。そのことに費やす理念と労力が、介入国にあるかどうか。」、
 「一方介入される側にとって「外国軍の介入で政権転覆」は、意味が異なる。それは「内政不干渉」国家主権」に矛盾し、植民地支配の延長とみなされる。」、「だが、全く反対のメッセージもまた、イラク戦争後の中東に残された。それは、「政権を転覆するには外圧と軍の介入が有効」である。イラクとアフガニスタンの戦争は反政府勢力が微力でも、外国が軍事力をもって圧力をかければ政権打倒が可能だ。という実例になった。」、 「外圧によらず自らの尊厳を取り戻す、としたのが2011年エジプト革命だった。だが、それも「外圧と軍隊の有効性」の罠から自由ではない。なぜならエジプト市民がこの7月選んだのは、自国の軍を巻き込みクーデターをおこさせることだったからだ。選挙によって選ばれた政権に我慢できない場合、それを既存の制度によって変えられない場合、軍が倒す。外圧も軍事力も無用だった2年半前の非暴力抵抗路線から、自軍とはいえ軍依存へというエジプトの転向は「逆行」に見えると。」、と指摘した。
 筆者の分析と指摘によって、不可解極まりない「中東」の」現状認識に「正確さ」が一つ増したような気がしました。
 さらに筆者は、「西欧近代知識人の左派が貧困層を母体とする右派と対立して、軍が文民支配に終焉を告げる例は、世界の各地にみられる。」、
 「このように見れば、民主政治の外部要因なのに軍や外圧を切り札として期待する短絡性と性急さは、9.11の遺産以上の問題である。むしろ、民主主義の歴史の中で普遍的な課題だろう。」
 「知の前衛を謳って知識人が軍依存に陥るのは、日本を含めて、多くの非西欧諸国がかってたどった道に他ならないからだ。」、とも指摘した。
 このような視点で、日本の歴史をみると、少なくとも敗戦前までの歴史に当てはまりそうな気がしました。」
 最後に、筆者は、「では、日本はその課題を乗り越えたのか。外圧と暴力に政治の行き先を委ねる誘惑に本当に打ち勝ったのか。」という友人の問いに答えられない自分がいると、締めくくっている。
 筆者には、今の「日本国憲法」下、「外圧と暴力」に政治の行き先をゆだねることなく、平和で民主的で豊かな「日本」でいられるように、「新しい哲学」を「世界へ発信」してほしいと思いました。
[PR]
トラックバックURL : http://sasakitosi.exblog.jp/tb/19742888
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by sasakitosio | 2013-09-30 17:52 | 朝日新聞を読んで | Trackback