憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

「嵐に鳴く蟋蟀のように 桐生悠々を偲んで」凄い人だなあ!!

 9月12日付東京新聞社説に、「「嵐に鳴く蟋蟀のように 桐生悠々を偲んで」の見出しを見て、残念ながら、意味がまったく分からなかった。読んで、驚いた。今回は、この社説に学ぶことにした。
 社説によれば、「桐生悠々は、新愛知新聞や信濃毎日新聞などで編集、論説の総責任者である主筆を務め、海外にも視野を広げた豊富な知識に基づいて藩閥政治、官僚、軍部の横暴を痛撃する姿勢は、今も報道に携わる者の手本」とのこと、
 「<蟋蟀は鳴き続けたり嵐の夜>の句は、個人誌「他山の石」に昭和10年2月、(掲載されたもの」とのこと、
 「悠々は41年9月、太平洋戦争の開戦三か月前に68歳で亡くなった。」とのこと。
 「亡くなる前、悠々自身が発送した「廃刊の辞」も発行停止処分となり、その通達が通夜の時に届けられた」とのこと、
 「それから、70年余り。悠々が見たいと切望した一大軍縮は戦後「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」ことをうたった、新憲法の九条に結実した。」とのこと。
 さらに社説は、「かっての戦争の反省に立った新しい憲法の平和主義は、日本の新しい「国のかたち」ともいえます。」と言っている。
 また、社説は、これを根本的に変えようというのが、安倍晋三首相率いる自民党の憲法草案です。、、、、、政府が策定作業を進める「特定秘密保護法案」も見過ごせません。安全保障上の秘密を洩らした場合公務員は最高10年以上の懲役刑に処すものですが、知る権利の制限につながりかねない内容は、弾圧の治安維持法と重なります。」と、指摘しています。
 その上で社説は 、「もし権力者が国民を間違った方向に誘導するなら、警鐘を鳴らすのが報道の役目です。特に新聞は、政府のお先棒を担ぐようなことが再びあっては決してなりません。権力者の宣伝機関に堕し
、偽りの情報を大本営発表の名の下に流して読者を欺いた。戦前から戦中にかけての誤りを繰り返してはならないのです。」と、過去の過ちを率直に認め(事象が違うとの言い訳をせず)強い決意(二度と読者を欺いてはならない)を表明している。
 最後に社説は、「悠々は「言わねばならないことをいうのは義務の履行」であり、「義務の履行は多くは犠牲を伴う」とも書き残しています。身をもって導き出した教訓です。もし今が再び<嵐の夜>であるならば、私たとの新聞は<蟋蟀>のように鳴き続けなければなりません。それこそが私たち報道に携わる者の義務の履行です。」と宣言した。
 読んで、悠々という人の凄さに、感動しながら、東京新聞の社説の信念に深く共感しました。東京新聞のこの姿勢が続くことを祈り、続く限り購読させていただきますし、知人友人に購読を進めたいと思いました。
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by sasakitosio | 2013-09-15 15:45 | 東京新聞を読んで | Trackback