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by sasakitosio

原発の安全性 斗南の子孫を裏切った罪

 9月6日朝日新聞社説下に、「「記者有論」という署名入り囲み記事がある。筆者は、オピニオン編集部駒野剛氏だ。今日は、この「記者有論」で勉強させてもらう。
 筆者によれば、「「NHK大河ドラマ「八重の桜」の舞台、福島・会津藩は新政府軍に敗れ、苛烈な処分を受ける。前藩主松平容保は死を逃れたが、厳しい厳封と領地替えを命じられた。
 新たな領地である「斗南藩」は、青森県下北半島から岩手県北東部などの地域の一部。明治3(1870)年に移った会津人は約2800戸、1万7千人余り。偏西風(やませ)の冷害の常襲地帯で、暮らしは悲惨を極めた。衣食に事欠き、住居も劣悪。病人が続出した。、、、、、 
 その苦難の地である下北の一角、六ヶ所村に電気事業連合会が核燃料サイクル施設の立地を要請したのは1984年4月だった。、、
 当時の県知事、故北村正哉氏は生前、回顧している。「(要請から)1年間、緊張の中で悩み続けた。安全であること、国策であること、そして地域のメリットは。頭から離れたことはなかった」「死の灰や放射能を振りまく事態を政府は黙ってみているだろうか。それはあり得ない。」とも語る。「プルトニュームは危険なもの」としっていたが、防護策が万全なら、必ずや農家、地域のためになる。」と受け入れを決めた。
 北村氏は斗南の会津藩士の子孫だ。風雪の大地で生きるには農業だけでは厳しく、凶作の恐怖が身に染みている。「新たに雇用を支える産業や施設の立地が県政を担う者の任務」と何度も聞いた。だが、この見通しは外れてしまう。3.11後、原発の見せたもろさ、核リサイクルも、当初の高速増殖炉でプルトニュウムを燃やす構想が失速した。
 北村氏らが負の側面を知りつつ、おこぼれを期待して安全、安心を犠牲にした、と批判することは容易だ。
 しかし、彼らが最大のよりどころとした国や電力会社が、裏切ったことこそ罪深い。」と指摘している。
 筆者は、「私たち都会の住民も繁栄のツケを一部地域に押し付け、後は知らん顔で済ませてきた。こうした「負の系譜」は断ち切らなければならない。」とも指摘。
  筆者は、「虚構だった信頼を根っこから築きなおさなければ、本格的な再稼働や、海外への輸出などは到底許されない。」と結んでいる。
 筆者の指摘や主張に、いちいち納得しながらも、考えさせられることがあった。
 「虚構だった信頼」をどうやって(原発やめないで?)、誰(学者、議員、政府、メディア等?)が、いつまでに、回復できるのだろうか?
 まず、科学的、土木技術的に放射能を封じ込められるのだろうか?
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by sasakitosio | 2013-09-08 11:18 | 朝日新聞を読んで | Trackback