憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

戦場での経験を伝えるのは使命だ

 8月11日(日)付東京新聞朝刊11面に、「あの人に迫る」という、戦争作家伊藤桂一氏へのインタビュー記事が載った。聞き手は、紙山直泰記者。その記事の中で、伊藤桂一氏によれば、「戦争直後に海外から復員した兵士への世間の目は冷たかった。出兵するときは「お国のために頑張って」と多くの人に暖かく見送られた兵士たちも、敗戦後は「負けた上に生きて帰ってきて」と陰口をいわれるようなことも多く、元兵士たちの肩身は狭かった。戦争の犠牲者の9割以上は下士官より下の兵士ばかり。勝ち目のない無謀な戦いでも、軍幹部の将校や下士官から命令を受ければ自分の命を考えずに任務を遂行した。」との指摘は、あらたな驚きだ。
 また、伊藤桂一氏は、最近の憲法改正の動きについて、「兵隊たちの犠牲と、無謀な作戦でそれを強いた指導者たちの責任、この関係はいたるところで今の日本にも見られる。」と指摘される。
 そして、伊藤桂一氏は、「日本が変わらないのは、戦後、あの戦争について真面目に考えなかったからだ。なぜ負けたのか。終戦直後に政治家、元軍人、一般人も交えて真剣に話し合わなければならなかった。政治家や歴史家は今からでも実態を掘り下げて調べる努力をすべきだ。」と、断定された。
 さらに、伊藤桂一氏は、「一昨年起きた東日本大震災による福島第一原発の事故でも、広島や長崎の原爆被害を経験している中で、なぜ原発を建設したのか。東京電力の責任だけではないはず。国としての責任の所在がどこにあるのか明確にされないままだ。」と、鋭く指摘された。
 氏のご指摘は、素直に首肯できます。ただ、15日が近づくと、メディアはこぞって、あの戦争をとりあげます。が、そのなかで、残念ながら、伊藤桂一氏の「戦争責任の明確化・共有化」の視点は皆無です。わたくしも、テンフィート運動からはじまり、日本国憲法の地域学習会など企画実行いたしましたが、参加者のみながみな、戦争の悲惨さ・苦しさ・大変さ、はいうのですが、誰もあの戦争の責任をいう人はありませんでした。
 日本人社会にある、「恕の文化」が、影響しているのでしょうか?
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by sasakitosio | 2013-08-13 15:02 | 東京新聞を読んで | Trackback