憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

9月23日付東京新聞社説横に、「風来語」という欄がある。筆者は、主筆・小出宣昭氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「休日に、知多半島の海へ行ってきた。夏のうちにぎわった浜辺は閑散として、砂浜にボート小屋がぽつん。ふと、藤原定家の心にしみる歌が浮かんでくる。

 見わたせば 花も紅葉も なかりけり

  浦のとまやの 秋の夕暮

 静けさと、わび、さびの心を漂わせる名作だが、私はむしろ、この歌の政治性に心惹かれる。

 定家がこれを読んだのは、1186(文二)年、その前の年に平家の壇ノ浦で全滅している。

 栄枯盛衰。 源平の戦いがもたらしたむなしさ、悲しさ、それを何度も繰り返す人の世の愚かさを、秋の夕暮に重ねたのだろう。」と切り出した。

 続けて筆者は、「いま、いま北朝鮮が引き起こした危機で、同じように心を痛めている人たちがいる。

 韓国の文在寅大統領。

 彼の両親と姉は、朝鮮戦争中の1950年暮れ、北朝鮮の興南区域から戦乱の中を着の身着のままで脱出した避難民である。祖父母は北に残ったままで、3年後の53年に生まれた文氏は半島を血の海にした戦争のむごさ、悲しさを骨肉に刻んで育ったという。

 なぜ大統領が北への対話路線を断ち切れず、強硬論への二の足を踏むのか、わかる気もする。

 参院議員のアントニオ猪木氏。

 ブラジルで育った彼は、プロレスの英雄・力道山に見いだされ、やがて師匠の故国・北朝鮮の人脈を受け継ぐ。

 何度も北を訪れ、今回も「スポーツと平和」を訴えてきたそうだ。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「こうした思いを踏みにじる北の独裁者は、ミサイルを撃ち、核をさく裂させる。自らの延命を、アメリカは核を持つ国だけは一度も侵攻していないという事実のみにかけているのだろう。

 「力には力」という悲しさを呼び込むのか。

 かってヒトラーとの対話を重視して第二次大戦を引き起こした経緯から、英首相チャーチルは「歴史を見ると、平和主義者がもたらした戦争がいかに多いか、がくぜんとする」と記している。 政治の冷たい現実である。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「韓国の文在寅大統領。彼の両親と姉は、朝鮮戦争中の1950年暮れ、北朝鮮の興南区域から戦乱の中を着の身着のままで脱出した避難民である」とのこと、

 「祖父母は北に残ったままで、3年後の53年に生まれた文氏は半島を地に海にした戦争のむごさ、悲しさを骨肉に刻んでそだったという」とのこと、

 「参院議員のアントニオ猪木氏。

 ブラジルで育った彼は、プロレスの英雄力道山に見い出され、やがて師匠の故国・北朝鮮の人脈を受け継ぐ。何度も北を訪れ、今回も平壌で「スポーツと平和」を訴えてきたそうだ」とのこと、等々を知ることができた。

 さらに、「英首相チャーチルは「歴史をみると、平和主義者がもたらした戦争がいかに多いか、がくぜんとする」と記している」とのこと。
 この意味するところは、なにか考えてみた。

 「平和主義者がもたらした戦争」の平和主義者の中に、チャーチルもヒトラーも入っているのだろうか?

 「戦争をもたらした」とすれば、その人は平和主義者と呼んでいいのだろうか?

 平和主義者とは、平和のために自分の命を捧げた「人」、命を懸けて戦争を阻止した「人」を指すのではないか?

 

 


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# by sasakitosio | 2017-09-24 07:50 | 東京新聞を読んで | Trackback


9月22日付東京新聞朝刊4面に、「視点」という欄がある。 筆者は、編集委員・吉原康和氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「初秋を迎えた今月20,21日、、天皇皇后両陛下は、私的な旅行で埼玉県内を訪問された。

 その中で印象に残ったのは、朝鮮半島からの渡来人が建立した高麗神社(日高市)訪問だった。

 昼食を含めて約3時間にわたって滞在。

 本殿参拝後、同神社の神職を代々務めてきた高麗家の旧住宅「高麗家住宅」などを熱心に見学いした。

 同神社には昨年4月、日韓共催のサッカー・ワールドカップ(W杯)開催時に訪韓したことがある高円宮妃久子さまが立ち寄られているが、歴代天皇では今回が初めてだ。

両陛下の即位後の神社訪問は、天皇家の氏神とされる伊勢神宮ははじめ、熱田神宮(名古屋市)など皇室とゆかりの深い神社が一般的で、神道界の一部には渡来人系の高麗神社訪問を「異例」と受け止める声もある。

 しかし1300年以上に及ぶ日本と朝鮮半島とのさまざまな交流の歴史を踏まえれば、訪問は極めて自然の流れだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「高麗神社は、朝鮮半島北部に栄えた古代国家・高句麗王族若光を祭る神社。

 高句麗は668年,

唐と新羅の連合軍によって滅ばされたが、その二年前に外交使節として来日していた若光が祖国から亡命してきた2000人近い高句麗人とともに武蔵国(現埼玉県)に集団移住。

 土地を開拓して高麗郡をつくった。その初代郡長を務めたのが若光で、高麗郡ができて1300年を記念して昨年4月、若光の石碑が建てられた。

 古代歴史書「続日本紀」では、若光が朝廷から王姓を賜ったと記録されている。

 陛下は日韓共催W杯を翌年に控えた2001年の誕生日会見で、「私自身としては、桓武天皇の聖母が百済武寧王の子孫であると「続日本紀」に記載されてことに韓国とのゆかりを感じています」と発言した。

 この「ゆかり発言」では、ともすれば、皇室と朝鮮半島の「血縁」のみがクローズアップされがちだが、陛下は発言の前半で「韓国から移住した人々や、招聘された人々によって、さまざまな文化や技術が伝えられました」と、 古くからの日韓交流の歴史に言及。

 さらに後半で「残念なことに、韓国との交流は、このような交流ばかりではありませんでした。このことを、私どもは忘れてはならないと思います」と述べている。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「朝鮮半島に高句麗、新羅、百済の3国が鼎立した時代から渡来人を通じて先進的な文化を受容してきたこと。

 そして、長年にわたる文化交流にもかかわらず、1910年の日韓併合以来、不幸な時代が続いたこと。

 この二つの点は日本人として忘れてはならない視点だと思う。

 今回の訪問は、朝鮮半島からの渡来人と渡来文化に寄せる陛下の長年の関心の一端に触れる貴重な機会となった。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「今月20.21日天皇、皇后両陛下は、私的な旅行で埼玉県内を訪問された」とのこと、

 「その中で印象に残ったのは、朝鮮半島からの渡来人が建立した高麗神社(日高市)訪問だった」とのこと、

 「両陛下の即位後の神社訪問は、天皇家の氏神とされる伊勢神宮をはじめ、熱田神宮(名古屋市)など皇室とゆかりの深い神社が一般的で、神道界の一部には渡来人系の高麗神社訪問を「異例」と受け止める声もある」とのこと、

 「高麗神社は、朝鮮半島北部に栄えた古代国家・高句麗王族の若光を祭る神社」とのこと、

 「高句麗は668年、唐と新羅の連合軍によって滅ぼされたが、その2年前に外交使節として来日していた若光が祖国から2000人近い高句麗人とともに武蔵国(現埼玉県)に集団移住。土地を開拓して高麗郡をつくった」とのこと、

 「その初代郡長を務めたのが若光で、高麗郡ができて1300年を記念して昨年4月、若光の石碑が建立された。古代歴史書「続日本紀」では、若光が朝廷から王姓を賜ったと記録されている」とのこと、

 「朝鮮半島に高句麗、新羅、百済の3国が鼎立した時代から渡来人を通じて先進的文化を受容してきた」とのこと、

 「長年にわたる文化交流にもかかわらず、1910年の日韓併合以来、不幸な時代が続いた」とのこと、等々を知ることができた。

 朝鮮半島を通して、日本は大陸の文化の恩恵を受けて、また渡来人という外国人の貢献を得て、戦後はアメリカを通して西洋文明の影響を受け、日本の今日があるということが分かった。

 歴史的に北朝鮮ともアメリカとも深いつながりのある「日本」が、北朝鮮とアメリカが「口げんか」から、「武力衝突」にならないように仲介する「道」はないのだろうか?

 安倍政権の対応を見ている限り、残念ながら日本独自の対応策を探っている様子は見えない。

 

 


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# by sasakitosio | 2017-09-23 16:58 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月21日付朝日新聞社説に、「所有者不明地」のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。

 まず筆者は、「だれのものか、わからない。

 所有者が分かっても連絡がとれない。

 そんな土地が各地で増えている。

 専門家グループの推計では全国の2割に達し、総面積は九州より広いという。

 今後、亡くなる人が増えるにつれてさらに深刻になっていく恐れが強い。

 公共事業で用地取得の妨げになる。宅地や農地、森林が放置されてまわりの環境に悪影響を及ぼす。

 固定資産税を徴収できない。

 そうした弊害を見過ごせなくなり、政府は有識者会議を設けて対策を検討し始めた。」と切り出した。

 続けて社説は、「これまでも国土交通省や農林水産省が、災害復旧や林道整備などで部分的に対応してきたが、効果は十分に上がっていない。

 根本には、土地の相続時に所有権移転を登記しない人が少なくないという問題がある。

 相続や登記の制度を所管する法務省も含めて役所の縦割りを排し、新たな発生を防ぐ抜本策に踏み込んでほしい。

 登記簿で実際の所有者が分からない時、行政は戸籍や現地調査など他の方法で探す必要がある。関係者の死亡などで手間取ることが珍しくない。

 有識者会議ではまず、自治体などが所有者を探す手間を軽くする仕組みに加え、所有者不明地を公共目的で使いやすくする新たな制度を検討する。

 道路整備などの公共事業に限らず、例えば自治体やNPOが運営する遊び場やイベント用地といった使い道を想定する。

 財産権の問題がからむだけに、利用を認める期間や、後で所有者が名乗り出た出た場合の金銭補償などが課題になる。

 発生の予防策では、当面の対応として、市町村が死亡届を受け付ける窓口で相続登記を案内し、手続きを促すことが考えられる。

 登記にかかる税金の軽減のほか、登記の義務化も選択肢になるだろう。

 やり方や効果の有無、法的な問題について検討を急ぐべきだ。」と指摘した。

 最後に社説は、「所有者不明地の問題から見えるのは、土地を巡る諸制度と現実とのズレだ。

 過疎化と地価下落が続く地方を中心に「土地は資産」「所有者が管理する」という大前提が揺らぎ、相続が重荷だ、土地を持ちたくないという人が増えている。

 土地は個人の財産であると同時に、社会の基盤でもある。

 所有者の権利をどこまで保護するか、土地所有に伴う管理責任をどう考えるか。

 仮に放棄を認める場合、受け皿をどうするか。

 難題だが、避けては通れない。

 多くの国民が納得できる仕組みをめざし、議論を進めていく必要がある。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「だれのものか、わからない。所有者が分かっても連絡が取れない。そんな土地が各地で増えている。

 専門家グループの推計では全国の2割に達し、総面積は九州より広いという」とのこと。

 「政府は有識者会議を設けて対策を検討し始めた」とのこと、

 「根本には、土地の相続時に所有権の移転を登記しない人が少なくないという問題がある」とのこと、

 「有識者会議ではまず、自治体などが所有者を探す手間を軽くする仕組みに加え、所有者不明地を公共目的で使いやすくする新たな制度を検討する」とのこと、

 「財産権の問題がからむだけに、利用を認める期間や、後に所有者が名乗り出た場合の金銭補償などが課題になる」とのこと

 「発生の予防策として当面の対応として、市町村が死亡届を受け付ける窓口で相続登記を案内し、手続きを促すことが考えられる」とのこと、

「過疎化と地価下落が続く地方を中心に「土地は資産」「所有者が管理する」という大前提が揺らぎ、相続が重荷だ、土地を持ちたくないという人が増えている」とのこと、 等々を知ることができた。

 確かに、高度性成長期に造成された「分譲地」を歩くと、一宅地30坪前後の宅地とそこに建つ家屋で、つる草が生え、枯葉が吹き溜まっている「家屋」を時々見るようになった。

 隣の住人が只で利用できるようにしたら、日々の暮らしが豊かになるのに、と思った。

 

 

 

 


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# by sasakitosio | 2017-09-23 09:57 | 朝日新聞を読んで | Trackback

9月22付東京新聞朝刊27面に、「本園おコラム」という欄がある。 筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「安倍首相が、28日召集の臨時国会冒頭で衆議院を解散し、総選挙を行うという観測が強まっている。

 7月に危険水域まで低下していた内閣支持率が8月末から今月にかけての北朝鮮による二度の弾道ミサイル発射(いずれも日本上空を飛翔した)、核実験によって上向いた機会を利用して、解散総選挙に踏み切ろうとしているのであろう。

 政府は北朝鮮による脅威が以前と比較にならないほど深刻になっていると主張しているが、それならばこの時期に解散総選挙を行い政治空白をあえてつくる必要ない。

 また、8月初めに内閣改造を行ってから2カ月の立たないうちに総選挙を行うことにも筆者は抵抗感を覚える」と切り出した。

 続けて筆者は、「政治には権力闘争の要素がある。野党第一党の民進党が混乱し、小池百合子都知事が自らの影響力を及ぼす準備ができていない今が、自民党にとってのマイナスをできるだけ小さくできると安倍首相は考えたのであろう。

 政治記者と話をすると、安倍首相にとって喉に刺さったトゲである「森友学園」「加計学園」は争点にならないという見方が強い。

 社会部の記者と話をすると、国民の記憶力はそれほど悪くないので、この二つの問題が総選挙になれば噴き出してくるという。

 筆者の認識は社会部記者に近い。

 権力者が国民の記憶力を軽視しているように思えてならない。」として締めくくった。

 読んで面白かった。

 「政府は北朝鮮による脅威が以前と比較にならないほど深刻になっていると主張しているが、それならばこの時期に解散総選挙を行い政治空白をあえてつくる必要はない」との指摘は理解できた。

 そして、政府は北朝鮮の脅威を口では「深刻」と言いながら、本心では「心配していない」のかもしれない。政府が安心しきって「解散総選挙」に踏み切る「根拠」はなんだろう?

 「政治部記者と話をすると、安倍首相にとって喉に刺さったトゲである「森友問題」「加計問題」は争点にならないという見方が強い」とのこと、

 「社会部記者と話すと、国民の記憶力はそれほど悪くないので、この二つの問題が総選挙になれば噴き出してくるという」とのこと、等々を教えてもらった。

 どちらも当たっていそうな気がする。新聞やテレビや週刊誌や夕刊紙の取りあげ方次第のような気がする。日本新党の誕生以来、小池劇場まで、マスメデイアの影響が大きかったような気がしてならない。

 

 


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# by sasakitosio | 2017-09-23 07:23 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月21日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「元首相の田中角栄は六法全書を横に読むといわれた。大学では憲法を頂点とする体系として法を教えるが、角栄には事業や政策の関連法規のは抜け穴を活用すべき規則集と映ったはずだ。正義や福祉などの理念よりも、どう法を使いこなすかが問題だった。

 企業家の中にも、売上世界一などの陳腐な事業目的を掲げながら、実際の経営で手練手管を発揮する者がいる。変化する状況の中で生き残るために繰り出す策略や偽装は、学問に昇華する知性とは別の知の在り方で体系化も定義もできない。」と切り出した。

 続けて筆者は、「最初のヒーローは古代ギリシャの叙事詩に描かれたオデュッセウスだ。

 10年にわたる帰郷の旅で多くの難局を狡智で切り抜ける物語だが、欧州文明の「主体性の歴史」とも読めるし、大航海時代の冒険的商人や近代資本主義の経済人にもつながる(「啓蒙の弁証法」)。

 「資本主義を支える企業家精神とは何か」というシュンペーターが残した問題の回答にもなる。」と指摘した。

 最後に筆者は、「だが、現代の理念なき狡智の代表者は政治屋だ。策を弄して政権維持を図るうちに権力そのものが目的になる。政策や理念を議論の切磋琢磨で鍛えることに自信も関心もない。

 核ミサイルですごむ辺境の独裁者は倒錯した自己保全の究極の姿だが、安倍政権やお友達の米大統領の権力も何のために、誰のためにあるのか。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「元首相の田中角栄は六法全書を横に読むといわれた」とのこと、

 「正義や福祉など理念よりも、どう法を使いこなすかが問題だった」とのこと、

 「変化する状況の中で生き残るために繰り出す策略や偽装は、学問に昇華する知性とは別の知の在り方で体系化も定義もできない」とのこと、等々を知ることができた。

 筆者はまた、「現代の理念なき狡智の代表者は政治屋。策を弄して政権維持を図るうちに権力そのものが目的になる。政策や理念を議論の切磋琢磨で鍛えることに自信も関心もない」との指摘は、今の安倍内閣・政権与党にそっくり当てはまる、と思った。

 そしてまた、議員の多くは、次の選挙で当選することが一番の大事で、行動の中心はそこにあるのではないか。

 「政策や理念」の切磋琢磨が、有権者の関心を引いていない、マスメデイアの注目を浴びにくい、と政治屋さんは直感して行動しているのでないか。

 そこらへんに問題があるような気がしてならない。

 

 


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# by sasakitosio | 2017-09-22 06:55 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月20日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「8月29日に続き、9月15日朝にもJアラート。

 「ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射された模様です。建物の中、また地下に避難してください」

 北朝鮮の所業は言語道断だとしても、宇宙空間を通過するミサイルで朝っぱらから危機感を煽る政府のやり方も不愉快極まりない。

 一度は不安と戸惑い。二度目は既視感と失笑。今後もこれを続ける気だろうか。」と切り出した。

 続けて筆者は、「そこへ突然のAアラート。「アベ砲発射、アベ砲発射。安倍総理大臣が臨時国会での冒頭解散を決断した模様です」

 さあ、大変だ。 解散砲を発射された国民は、いやおうもなく選挙戦に巻き込まれる。国会での所信表明演説も各党代表質問も予算委員会も開くことなく、ただただ投票に行けと迫られる。

 北朝鮮のミサイルを支持率アップに利用する一方で、なんともいまいましいのは解散総選挙を首相が「避難先」と考えていることだろう。

 森友学園や加計学園問題から避難。野党の追及の矢面に立たされる国会論戦から避難。国民の厳しい目からの避難。」と指摘した。

 最後に筆者は、「思えば、2012年12月の第二次安倍政権発足以来、衆院議員は一度も4年の任期を全うしていないのである。

 有権者は与党のパワーゲームの道具なのか。

 保身のための解散砲。

 国民に避難を促すJアラートよりたちが悪い。」として締めくくった。

 読んで面白かった。

 「Aアラート」とは面白い表現だ。
 避難しているのは安倍総理・安倍内閣・自公の国会議員!  
 ただ、避難先が冒頭解散!?
 総選挙が「森友学園問題からの避難。野党からの追求の矢面に立たされる国会論戦からの避難。国民の厳しい目からの避難」になるのだろうか?

 避難になると馬鹿にされた「国民」は怒らなければならない場面だ!

 ここは一番、有権者国民が「一票」という「議員の生殺与奪の券(権・剣)」を使って、おごれる安倍首相・自公政権に決定的なダメージを与えなければならない場面だ!

 

 


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# by sasakitosio | 2017-09-21 07:06 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月19日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「昨日の代々木公園。「さよなら原発、さよなら戦争」全国集会は明るい雰囲気だった。安倍内閣は北朝鮮ミサイルの恐怖を盛んにあおり、過剰な防空演習を指示していたのは「火事場泥棒」的な衆院解散を狙っていたからだったのだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「この政府はフクシマ事故で住民が大量に難民化しても平然と原発を推し進め、二度目の事故で国民生活が完全に破綻する危険に眼をつむって、電力会社など原発関連産業の刹那的な利益の誘導を図っている。

 避難訓練を条件とする原発の再稼働など、全体主義国家の人権無視政策である。

 安倍首相の美辞麗句「美しい日本」が大量の故郷喪失者を発生させている。」と指摘した。

 さらに筆者は、「原子力規制委員会は、東京電力柏崎刈羽原発の運転適格性をありとしたが、最初から結論ありきの審査だ。

 いまに至るまで東電は福島事故の責任を何らとっていない。

 廃炉はできるのか。

 放射性廃棄物をどうするのか。

 事故当時の原子力委員長だった近藤駿介氏は、「原子力に限らず、どんな技術にも負の側面はある」と今でも反省なき原発村の中心人物。

 北朝鮮に対抗して核の持ち込みが主張され、小型核爆弾なら自衛の範囲、憲法に違反しないとの意見も出てきて、解散総選挙。」と指摘した。

 最後に筆者は、「憲法9条に自衛隊を盛り込ませる居直り強盗、世界の良識に背を向ける原発再稼働。会社天下、人権低国にさよならしなくちゃ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「昨日の代々木公園。「さよなら原発、さよなら戦争」全国集会は明るい雰囲気だった」とのこと、

 「非難訓練を条件とする原発の再稼働など、全体主義国家の人権無視政策である」とのこと、

 「原子力規制委員会は東京電力柏崎原発の運転適格性をありとしたが、最初から結論ありきの審査だ」とのこと、等等の指摘はよく理解できた。

 衆院の解散がほぼ確定のようなメデイアの騒ぎようである。

 解散の大義のことが議論になっているが、安倍政権の継続の是非を問う絶好の機会ととらえ、安倍政権を支える自民・公明、維新その他の与党もどき党への批判票・白票を投じたらどうか。
 また、安倍政権に対抗する政党・会派は、現状の予算(血税)で、教育・福祉・医療・介護・労働・賃金・環境・再エネ等の面で、安倍政権より質的量的にいいものができることを国民に提示できないものか?それが、受け皿になるような気がするが? 


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# by sasakitosio | 2017-09-20 07:15 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月10日付朝日新聞社説に、「企業が保守する現金・預金」のことが載った。 今日はこの社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「企業が空前の利益を上げている。先週発表された法人企業統計によると、2016年度の企業(金融・保険業を除く)の経常利益の総額は約75兆円に達した。

 リーマン・ショック前の好況時を4割近く上回る水準だ。

 長く不況にあえいだ日本企業が、ここまで立ち直ったこと自体歓迎すべきだろう。問題は稼いだお金の使い道だ。

 企業全体で見れば、設備投資の伸びは頭打ちで、リーマンショック前の水準を超えていない。

 一方で積み上がっているのが、企業が保有する現金・預金だ。過去5年で約50兆円に増えて210兆円に達した。」と切り出した。

 続けて社説は、「金融危機を経験した企業が、万が一に備えて余裕資金を増やそうとする傾向もあるだろう。

 だが、企業の役割は資金を有効に使って商品を生み出すことであり、お金をため込むことではない。委縮しているばかりでは存在意義が問われかねない。

 設備投資が盛り上がらないのは、人口減少が進む国内では消費の伸びが期待できないからだ、との指摘がある。確かに、人口変動は経済に影響する。

 だが、そうであるのなら、企業は稼いだ金を手元に置いておくのではなく、働き手に還元することを考えるべきだ。

 企業活動で生み出された価値に占める労働者の取り分の比率(労働分配率)は、近年、下がり続けてきた。労働者への分配が伸び悩めば、消費を増やす余裕はいつまでたっても生まれない。

 長期的に見れば、企業が自分の首を絞めているのに等しいのではないか。

 デフレ脱却を掲げる安倍政権のもとで、企業は、法人税減税や大規模な金融緩和など政策の恩恵を受けてきた。その結果でもある高収益は、賃上げと消費拡大につながり、それが企業収益を押し上げる経済の好循環を生み出すことが期待された。企業自身がその循環を滞らせているとすれば、何をかいわんやである。」と指摘した。

 最後に社説は、「こうした状況が続けば、企業がさらなる税負担の軽減や、人件費を減らすことにつながる制度変更を望んでも、支持が得れれることはないだろう。

 高収益を挙げる企業には、一段と積極的に賃上げを期待したい。

 好成績に満足しているだけでは、いずれしっぺ返しを受けることを、経営者は銘記してほしい。

 政府が進める「働き方改革」の中で「サービス残業」をなくし、働いた分はきちんと支払うよう早期に徹底すべきことはいうまでもない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「先週発表された法人企業統計によると、2016年度の企業(金融・保険業を除く)の経常利益の総額は約75兆円に達した」とのこと、

 「一方で積みあがっているのが、企業が保有する現金・預金だ。過去5年間で約50兆円増えて210兆円に達した」とのこと、

 「企業活動で生み出された価値にしめる労働者の取り分の比率(労働分配率)は、近年、下がり続けてきた。」とのこと、等々を教えてくれる。

 そして社説は、「高収益を挙げる企業には、一段と積極的な賃上げを期待したい。」としている。

 企業が高収益を上げていることは素晴らしいことだし、企業が保有する現金・預金が210兆円位に達したこともいいことだ。

 だが、世の中、いいことばかりは続くものではない、どんなに頑張っても成果が出ないときもある。そういう、ピンチの時の用心をしておくのも、多くの社員と家族の生活を支える「経営者」の責任でもある。

 そこで、知人で経営者の友人に、一年間全く仕事がなくても、社員に給料が払える「額」を貯めるようすすめている。 
 企業の存続と社員の生活安定に支えるための、会社が保有する現金・預金の適正基準をぜひ知りたい、と思った。

  

 


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# by sasakitosio | 2017-09-19 06:52 | 朝日新聞を読んで | Trackback

9月18日付東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「10月1日投開票の武蔵野市長選挙に向け、志を同じくする仲間と、駅頭で宣伝活動をしている。

出勤と帰宅の時間に合わせた一時間ずつのビラまき。日が経つほどに楽しくなっている。

 私は市民運動に関わる母親の元に育ち、幼いころから母とデモや集会に参加。10歳を超えるころからは、当たりまえのようにビラまきをしていた。

 最後にビラをまいたのは大学時代。以後、働きだしてからは活動を離れ、今回は30年ぶりのビラまきである。」と切り出した。

 続けて筆者は、「まず感じたのは、ビラを受け取る人の少なさ。 これは関心の低下のみならず、メデイアとしてのビラが廃れているように思う。
 ビラよりも、行動を通して伝わるものがあればうれしい。そう気持ちを切り替えた。

 具体的には、楽しそうにビラをまき、なるべく自分の言葉で声をかける。義務や使命感よりも、好きでやっているスタンスがいい。

 さらに不快に思われないよう注意するのも大事。

 例えば、点字ブロックには乗らない。

 通路はふさがない。あらを探されればきりがないが、配慮すべきところは配慮し、万全を期したい。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「とはいえ、ビラを手渡せたらもちろんうれしい。一人受け取ってくれると、後に続く人が出るものだ。

 これから私は、何度でもビラをもらおうと思った。支援している気持ちを周囲に示すためにも!」として締めくくった。

 読んで大変勉強になった。

 わたしも駅頭で定期的に護憲平和のビラを撒いたり、ハンドマイクで話をする。

 筆者の「楽しそうにビラをまき、なるべく自分お言葉で声をかけ、義務や使命感よりも好きでやっているスタンスがいい」、「さらに不快に思われないよう注意するの大事。例えば点字ブロックには乗らない。通路はふさがない。」等々の心がけは、大変参考になった。

 確かに、ビラを持って行ってくれる人がいると嬉しくなって、思わず、「ありがとうございます」と言ってしまう。またハンドマイクの話を立ち止まって、聞いてくれてる人には、心の中で頭を下げている。

 


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# by sasakitosio | 2017-09-19 06:21 | 東京新聞を読んで | Trackback

9月12日付朝日新聞朝刊13面に「オピニオン&フォーラム  憲法を考える」というページがある。
 発言者は、社会学者・大沢真幸さん、東京外語大教授・篠田英明さんだ。

 今日は、大沢真幸さんに学ぶことにした。

 まず大沢真幸さんは、「護憲か改憲かという日本での問題設定が、海外から見ると、特に理解に苦しむほど熱を帯びるのは、9条が敗戦の屈辱と結びついていることに由来します。

 その意味で、9条は普通の条文ではありません。戦前の日本と異なる社会になったことを内外に示す、戦後社会の核と言える存在なのです。

 戦前の日本は、猛スピードで西洋に追いつこうとし、それなりに成功した自負を持っていました。

 しかし、「追いついた」と思って臨んだ戦争は、悲惨な結果で終わってしまった。その精神的なショックから立ち直ることこそが、戦後日本の最も大きな課題でした。

 つまり、敗戦当時に誇れるものが何もなかった日本をかろうじて支えたのが、9条の「平和主義」の理想だったわけです。」と切り出した。

 つづけて大澤真幸さんは、「誤解してはいけないのは、護憲と改憲の対立は、憲法の肯定と否定という図式では説明できないということです。

 改憲を主張する人たちも、よく言い分を聞いてみると「9条には素晴らしいことが書かれている」ということを否定しません。

 むしろ9条の理念の崇高さは前提とした上で、米国による「押し付け」を問題にしたり、安全保障上のリアリズムという観点で自衛隊を明記すべしと主張したりしています。

 ともに9条の理念の崇高さに執着しているが故に、集合的な無意識のレベルで、9条を変えることにためらいを抱いています。そうでなければ、文字通りに読む限り自衛隊を含めたいかなる戦力も認めていない9条の条文を70年以上も変えず、解釈の変更だけで乗り切ってきた事実は説明しようがありません。」と指摘した。

 最後に大澤真幸さんは、「一方で、平和主義を自尊心の糧としながら、ずるいことをしてきたのが戦後日本の歩みでもありました。

 理念を守りつつ、自国の安全保障は世界で最も強い米国に依存する。

 幸か不幸か戦後世界が冷戦体制に組み込まれ、東アジアは、朝鮮戦争が始まる1950年代には冷戦のフロントラインになった。

 米国にとって日本が戦略的に重要になったことが日本人の後ろめたさを隠してきた。

 自分たちの事情ではなく、米国が軍隊を日本におきたいと言っているのだから、という具合にです。

 冷戦後、21世紀に入る中で、状況はさらに展開します。97年の日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)、そして2015年の集団的自衛権の容認で日米関係が変わる中で、9条を持つ日本人の自己イメージも変わりました。

 元々は人類の繁栄や平和という誰もが認める普遍的な価値こそが、その素晴らしさを支えていました。

 それが護憲派は自国が戦争に巻き込まれない国益を前面に出すようになった。

 集団的自衛権を巡る議論でもそうでした。

 9条=お得、だから変えてはいけない。

 世界中に紛争があるが、他国がつくった秩序で一番おいしい思いができるのは9条だよ、と。

 それは「人の道に反する」とするのが改憲派でしょう。

 米国が一生懸命、世界秩序を守っている。それで平和を享受できるなら自分たちも貢献するべきだ、と。

 9条維持は、立派な普遍的な価値を打ち出す「かこよさ」に支えられていたのが、自国の損得勘定で動く格好悪いものになっている。

 最近、改憲運動が高まっているように見えるのは、9条維持の意味が変わってしまったからです。

 つまり、改憲派は敗戦のトラウマと結びついた9条が日本社会の核になっていることを理解しない。

 一方の護憲派は、人類の歴史に先駆けた普遍的な正義が9条の価値を支えてきたことを理解せず、条文を維持すれば、9条の価値は守れると考えています。

 経済は陰りを見せ、日本が世界に誇れるのはもはや9条くらいしかない。

 にもかかわらず、戦後70年で9条を通じて日本人が何を望んできたかを見失ってしまっているのが現実です。(聞き手・高久潤)」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「護憲か改憲かという日本での問題設定が、海外から見ると、時に理解に苦しむほど熱を帯びるのは、9条が敗戦の屈辱と結びついていることに由来します」とのこと、

 「9条は普通の条文ではありません。戦前の日本と異なる社会になったことを内外に示す、戦後社会の核と言える存在なのです」との指摘、

 「敗戦当時は誇れるものがなかった日本をかろうじて支えてのが、9条の「平和主義」の理想だったわけです」との指摘、

 「一方で、平和主義を自尊心の糧としながら、ずるいことをしてきたのが戦後日本の歩みでもありました。理念を誇りつつ、自国の安全保障は世界でも最も強いアメリカに依存する」との指摘、

 「元々人類の繁栄や平和という誰でも認める普遍的な価値こそが、その素晴らしさを支えていました。それが、護憲派は自国が戦争に巻き込まれない国益を全面に出すようになった」との指摘、

 「改憲派は敗戦のトラウマと結びついた9条が日本社会の核となっていることを理解しない」との指摘、

 「護憲派は、人類の歴史に先駆けた普遍的な正義が9条を価値を支えてきたことを理解せず、条文を維持すれば、9条の価値は守れると関挙げています」との指摘、

 「ともに(護憲派も改憲派も)9条の理念の崇高さに執着しているが故に、集合的な未意識のレベルで、9条を変えることにためらいを抱いています。」との指摘、等々、護憲派改憲派の分析などいろいろ考えるヒントを与えてもらった。

 9条を含む日本国憲法に国会で反対した日本共産党が、各地の9条の会を通して、護憲運動を支えていることに不思議さを感じている。

 また、筆者は「9条は、戦前の日本と異なる社会になったことを内外にしめす、戦後社会の核と言える存在」なのです、と教えてくれた。

 それと合わせて、憲法前文も戦前の日本と異なったことを示す「宣言」であると思いたい。

 その上で、今の私たち日本人は日本国憲法の実戦として、世界から戦争をなくし、飢餓や恐怖から人類が解放されるよう「行動」しなければならない、と思った。 


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# by sasakitosio | 2017-09-18 19:38 | 朝日新聞を読んで | Trackback