憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

手賀沼の夏風景


イネに穂がでました!

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真菰タケが育っています!
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クワイの花も咲いてます!
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# by sasakitosio | 2017-07-20 19:21 | 手賀沼をたのしむ | Trackback

7月19日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「性的な連想を誘う宮城県の観光PR動画「涼・宮城の夏」が物議をかもしている。

 問題の動画にはタレントの檀密さんが登場し、意味深な台詞を連発するのだが、その前に「お密の使命は・・殿方に涼しいおもてなしをすること」というナレーションの時点でアウトだろう。」と切り出した。

 続けて筆者は、「問題①はこのPR動画の「殿方」、もっといえばこの手の表現に反応するエロオヤジだけをターゲットにしていること。若い人や女性は来なくていいってことよね。

 問題②は女性を性的なサービスをする係りとみなしていること。しかもお密は「伊達藩家臣の末裔」という設定で、女の家臣の仕事は殿の接待だといわんばかり。

 問題③として、「殿方」はみなエロが好きと想定している点で男性差別でもある。」と指摘した。

 最後に、「この種の表現が問題になるたびに思うのは「誰も止めるやつはいなかったのか」だ。

 完成するまでには誰かが企画し、台本を書き、大勢の人が関与しているわけでしょ。

 その過程で疑問を呈するひとはいなかったのか。 いても黙殺されたか。

 村井嘉浩知事は「リスクは承知の上」と炎上を煽るような発言をしたが、宮城県では知事に誰も逆らえない?

 同じキャンペーンのポスターは◎なのに不見識な動画班と知事のせいでイメージダウン。県民にも失礼な話だと思いますけどね。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「性的な連想を誘う宮城県の観光PR動画「涼・宮城の夏」が物議を醸している」とのこと、

 「問題①はこのPR動画が「殿方」、もっといえばこの手の表現に反応するエロオヤジだけをターゲットにしていること」との指摘、

 「問題②は女性を性的なサービス係りとみなしていること」との指摘、

 「問題③として、「殿方」はみなエロが好きと想定している点で男性差別的でもある」との指摘、等々を知ることができた。

 女性の視点からの指摘に、なるほどそういう見方もあったか、と感心した。

 青葉城と松島へは子どもが小さい頃、自分が若い頃、車で行った。瑞巌寺は震災の後、大川小学校はじめ被災地を業界の研修旅行で巡った。

 それぞれ感動的ないい旅だった。


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# by sasakitosio | 2017-07-20 06:43 | 東京新聞を読んで | Trackback

7月17日付東京新聞朝刊4面に、「視点」という欄がある。 筆者は、共同通信編集委員・太田昌克氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「(日本に事前)警告を与えることにより、原爆使用で着せられる汚名を相殺しなくてはならない」。

 米公文書によると、1945年5月29日、陸軍参謀総長マーシャルは、原爆開発を主導した陸軍長官スティムソンにこう訴えている。

 海軍次官のバードも同年6月「投下の2.3日前に警告を与えるべきだと思ってきた。

 米国は人道主義国であり、国民はフェアプレイを重んじる」と苦悩を吐露している。

 人道主義に着せられる汚名・・・。

 広島、長崎への原爆投下前から、これ使う者たちは倫理的糾弾を恐れていた。

 生身の人間を黒こげに焼き尽くし、命の営みを瞬時に破壊する核兵器の非人道性を認識していたからだ。

 原爆投下で幕が開けた核時代がやがて3.4半世紀を迎える中、ニューヨークの国連本部に集まった122カ国が核兵器禁止条約を採択した。

 核兵器に「汚名を着せる」ことを狙った外交努力であり、開発や保有、使用、威嚇など包括的に禁じることで核兵器を非合法化する史上初の国際法だ。

 条文には、「ヒバクシャ」の文字が刻まれ、核の犠牲者が背負った「受け入れ難い苦しみと危害」に思いが馳せられた。

 また「事故や誤算による核兵器の爆発」という現存する核リスクに警鐘を鳴らし、核軍縮を前進させることは「倫理的責務」だと宣言した。

 北朝鮮の核・ミサイル開発が日進月歩で進み、ロシアの軍事的脅威が消えぬ中、核抑止力を安全保障の中核に位置付ける核保有国、さらに「核の傘」の下にある同盟国は一様にこの条約に背を向けた。

 被爆者の切実な願いを裏切るがごとく、被爆国・日本の政府もその隊列に加わった。

 条文を吟味すると、核兵器の廃棄とその過程に不備があり、核軍縮を優先するあまり、核不拡散の規範が後退したと読める部分もある。

 条約発効に必要な国が50というのも少ないし、核保有国が加盟しない以上、たちまち大幅な核削減が望めるわけではない。

 しかしそれでも、核時代に与える影響と人類史に持つ意味を考えると、この条約には大きな潜在力がある。

 マーシャルやバードが72年前に想起した人間倫理への回帰を呼びかけているからだ。

 無差別な破壊力と非人道的な苦痛、時空を超える放射能被害を考えると、核兵器は極悪兵器だ。

 だが、その安全保障上の効用に着目した米国の後をソ連や中国が追い、いつしか核抑止力の名も下、その存在が正当化された。

 そして、核の効用を信じ込む伝染性は、北朝鮮にまで及んだ。

 冷静終結後も核リスクは高まっている。

 疑心暗鬼の核保有国は核戦力の近代化を進め、「核無き世界」は今や死語だ。

 そんな逆風下で、核兵器に絶対悪の烙印をおす条約が誕生した。

 核廃絶へ向けた反転攻勢の契機とし、人間倫理の回復を目指したい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「人道主義国に着せられる汚名――。広島、長崎への原爆投下前から、これを使う者たちは倫理的糾弾を恐れていた」とのこと、

 核兵器禁止条約は、「核兵器に「汚名を着せる」ことを狙った外交努力であり、開発や保有、使用、威嚇などを包括的に禁じることで核兵器を非合法化する史上初の国際法だ」とのこと、

 「事故や誤算による核兵器の爆発」という現存する核リスクに警鐘を鳴らし、核軍縮を前進させることは「倫理的責務」だと宣言した」とのこと、等々を知ることができた。

 「核兵器に絶対悪の烙印を押す条約が誕生した。核廃絶へ向けた反転攻勢の契機とし、人間倫理の回復を目指したい」との筆者の主張に賛同する。そして兵器もちろんその基になる戦争そのものをなくしたい。そのためには、どうすればいいなだろうか?国家と軍隊をなくしても、人類が平穏に豊かに暮らせる、そんな道を探し続けたい。
 また、今はやりのサイバー攻撃で「原爆が自爆」できるようになったら、その時「核兵器の運命」はどうなるのだろうか、とふと考えた。

 


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# by sasakitosio | 2017-07-19 06:40 | 東京新聞を読んで | Trackback

7月17日付け東京新聞朝刊23面に、「本音のコラム」という欄がある。 筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「民進党代表・蓮舫氏が「二重国籍」の解消を証明するため、戸籍の公開を迫られ続けている。

 私は何より、戸籍を公開しろと言えるようになった世の中がとても恐ろしい。

 言うまでもなく、戸籍には親の婚姻や血縁関係など、デリケートな情報が記載されている。

 部落差別の基にもなる。そのため、戸籍にはなるべく触れない。世の中には様々な事情の人がいるのだから・・。こうした配慮が、ようやく定着してきたはずなのに。いったい私たちは、いつから鈍感にもそれを忘れてしまったのだろうか。」と切り出した。

 続けて筆者は、「同質の違和感を、私は最近はやはり2分の1成人式にも感じる。

 10歳になった記念に、親への感謝と共に自らの生い立ちを語らせる。

 私ならどうするか。

 間の悪いことに、あの時期は、家族のトラブルが、次から次に襲ってきた。

 2分の1成人式がない時代で良かったと思う。

 世の中変わり、複雑な事情をカミングアウトする人もいる。私もそのクチ。

 しかし、それを人に強制する気はない。語りたくない人は語らなくて良いのである。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「戸籍公表の圧力と2分の1成人式は、個人的な事情を躊躇なくさらされる点で、共通している。

 そこにあるのは、絶対的な想像力の欠如。

 さまざまな事象を抱えて生きる人が生きにくくならないように。そんなさりげない気遣いを取り戻したいものだ。」として締めくくった。

 読んで、考えさせられた。

 「戸籍には親の婚姻や血縁関係など、デリケートな情報が記載されている。部落差別の元にもなる。そのため、戸籍にはなるべく触れない」とのこと、

 「戸籍公表の圧力と二分の一成人式は、個人的な事情を躊躇なくさらさせられる点で、共通している」との指摘、等々で「プライバシー」について考えさせられた。

 仕事上、「守秘義務」をきっちり守りながら「戸籍の取り寄せ」を行ってこなっている。が、戸籍に関して「筆者のような気持」を欠いていたと反省した。


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# by sasakitosio | 2017-07-19 06:32 | 東京新聞を読んで | Trackback

7月17日付東京新聞社説に、深海のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「闇の中に広がる深海は人類にとって最後の秘境、地球最後のフロンティアと言われています。

 未知なるものがあれば探究せずにはいられないのが人間です。

 地球の表面の7割は、海で覆われています。平均すると、その広大な海の深さは3700メートルにもなるそうです。

 地球上をくまなく踏破し、利用してきた人類ですが、海の中に関する限り、進出できた領域はほんの一部に過ぎません。つまり私たちの足元に広がる深海は、ほとんどが未知の世界です。」と切り出した。

 続けて社説は、「例えば、はるか月面にも米国のアポロ宇宙船で降り立った計12人が足跡を残しています。

 近年では国際宇宙ステーションに常時、人が滞在できるほど宇宙空間の利用は進んでいます。

 それを思えば、人間にとって深海は月より遠いところかもしれません。

 最も深い海、マリアナ海淵の最深部はチャレンジャー海淵です。

 その深さは水面下10900メートルほど。

 そこまで潜った人間は、まだ3人しかいません。

 米海軍が運航する潜水艦「トリエステ」で1960年、初めて最深部に到達したのはドン・ウォルシュとジャック・ピカールの二人。

 その後は2012年、映画監督のジェームズ・キャメロン氏が潜水艇「ディ―プシ―チャレンジャー」でたどり着いただけです。

 冒険ではなく学術調査ということになれば、水深1万メートルの世界へは、まだ、無人探査機しか手段はありません。

 有人潜水調査船は日本、フランス、米国、ロシア、中国の5か国に6千メートル級計7隻。 

 中国の「蛟竜」が12年に7千メートルを超す潜航に成功するまでは、日本の「しんかい6500」が長らく最深記録を保持していました。」と教えてくれる。

 さらに社説は、「深海探査は水圧との闘いだといいます。水深6500メートルまで潜れば、一本の指先に10人の大人を載せるぐらい圧力がかかる。生身の人間なら、もちろん、一瞬でぺちゃんこに押しつぶされます。

 人間の目で太陽の光を感じられるのは、海水の透明度にもよりますが、水深50メートルぐらいまでで、100メートルも潜れば、なにも見えない闇が広がっているばかりだといいます。

 そのやみのなかから、人間は何を見つけてきたのでしょう。

 各国が鉱物資源確保にしのぎを削る中、注目を集めてきたのが海底資源です。

 例えば熱水鉱床。

 海底火山活動のある場所で噴出した熱水が冷やされる過程で、溶け込んだ金、銀、レアメタルなどの各種金属資源が沈殿してできるものです。

 メタンハイドレートの調査も進んでいます。 

 ただし海底資源には、地上へ運び出すまでのコストという問題が残りますが。

 海底探査は、地震対策にも死活的な影響を及ぼします。

 東日本大震災の4か月後、三陸沖に潜った「しんかい6500」が日本海溝の斜面で幅、深さ約1メートル、南北にやく80メートル続く亀裂を見つけました。

 06年の調査では見当たらなかった亀裂です。

 巨大地震の現場でしょうか。

 翌年には地球深部探査船「ちきゅう」が海底深く掘削し、断層を掘り出すことに成功しました。

 断層帯は厚さ5メートル以下と薄く、強度の弱い粘土を多く含む岩石からできていました。

 つまり、考えられた以上に滑りやすい性質だったことが分かったのです。

 その発見は、南海トラフ地震で予想される津波の高さの見直しなどにつながってきました。

 深海探査は、また、人間の愚かさも明らかにします。

 海洋研究開発機構は今年4月、深海のごみの映像を集めた「深海デブリデータベース」をネットに公開しました。

 「しんかい6500」は日本海溝でマネキン頭部を、無人探査機「かいこう」はマリアナ海溝の奥底でポリ袋を見つけています。

 英国の研究チームは2月、マリアナ海溝近くで採取した甲殻類から、ポリ塩化ビフェニール(PCB)など有害な化学物質を検出したと発表しました。

 中国でも最も汚染された川にすむカニの50倍もの濃度だったといいます。」と教えてくれる。

 最後に社説は、「ちきゅう活動の活発な場所に位置する日本は、だからこそ、古くからの深海探査の先進国でした。

 その先導役だった「しんかい6500」も建造から30年近くなり、技術の伝承や次世代システムの構築が課題となっています。

 海洋機構は現在の6500に代わる「しんかい12000」構想も温めています。

 後押しする国民の声が大きくなれば、海洋最深部への有人探査が実現に近づくはずです。

 費用問題の壁は立ちはだかりますが、それでも、最後の秘境を詳しく見てみたい。

 人類の未来を左右する発見はさらに続くにちがいありません。」として締めくくった。 

 読んで勉強になった。

 「地球の表面の7割は、海で覆われています。平均するとその広大な海の深さは3700メートルにもなるそうです」とのこと、

「もっとも深い海、マリアナ海峡の最深部はチャレンジャー海淵です。その深さは水面下10900メートルほど」とのこと、

 「有人調査船は日本、フランス、米国、ロシア、中国の5か国に6千メートル級の計7隻。」とのこと、

 「深海探査は水圧との闘いだといいます。水深6500メートルまで潜れば、一本の指先に10人の大人を載せるぐらいの圧力がかかる」とのこと、

 「人間の目で太陽の光を感じられるのは、海水の透明度にもよりますが、水深50メートルぐらいまで。100メートルも潜れば、なにも見えない闇が広がるばかりだといいます」とのこと、

 「熱水鉱床。海底火山活動のある場所で、溶けこんでいた金、銀、レアメタルなどの各種金属が沈殿してできるものです。メタハイドレートの調査も進んでいます」とのこと、

 「東日本大震災の4か月後、三陸沖に潜った「しんかい6500」が日本海溝の斜面で、幅、深さ約1メートル、南北約80メートル続く亀裂を見つけました」とのこと、

 「翌年には地球深部探査船「ちきゅう」が海底を深く掘削し、断層を掘り出すことに成功しました。断層は厚さ5メートル以下と薄く、強度の弱い粘土を含む岩石からできていました」とのこと、

 「その発見は、南海トラフ地震で予想される津波の高さの見直しなどにつながっていきました」とのこと、

 「海洋機構は、現在「しんかい12000」構想を温めています」とのこと、

等々を知ることができ、大いに知的好奇心が刺激された。

 過日、南極の海底に巨大生物がすむ、というテレビ番組を見た。その時の光景を自分で見れたらいいな、と思った。

 宇宙旅行ビジネスが時々話題になるが、海底旅行ビジネスができ、普通の年寄が参加できるのなら、積立貯金をして海底観光旅行を楽しみたくなった。


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# by sasakitosio | 2017-07-18 18:06 | 東京新聞を読んで | Trackback

627日付朝日新聞社説に、安倍首相の改憲発言のことが載った。

 今日はこの社説に学ぶことにした。

 まず社説は、「安倍首相が先週末の講演で、自民党の憲法改正原案について、「来たるべき臨時国会が終わる前に、衆参の憲法審査会に提出したい」と語った。

 2020年の改正憲法施行をめざし、これまで年内に原案をまとめる意向を示していた。

 臨時国会に言及することで、さらにアクセルを踏み込んだ形だ。

 強い疑問が浮かぶ。

 日本はいま、それほど改憲を急がねばならない状況なのだろうか。」と切り出した。

 続けて社説は、「首相の主張の中心は戦争放棄と戦力不保持をうたう9条の1項と2項を維持しつつ、自衛隊を明記するというものだ。

 だが自衛隊には幅広い国民の指示がある。

 明記を急ぐ合理的な理由があるとは思えない。

 もう一つ、首相があげているのが高等教育の無償化だ。

 これは憲法に書くか否かではなく、財源の問題だ。財源を用意し、自らの政策判断で進めれば会見しなくてもできる。

 本紙の主要企業100社アンケートでも、首相の目指す「20年の憲法改正」を「めざすべきだ」と答えたのはわずか2社。

 39社が「時期にこだわるべきではない」と答えた。

 そんな状況下でなぜ、首相は改憲のアクセルをふかすのか。

 内閣支持率の急落を招いた、加計学園の問題から国民の目をそらし、局面を変えたい。そんな思惑はないか。

 首相は講演で語った。

 「(獣医学部の新設を)1校だけに限定して特区を認めたが、中途半端な妥協が結果として国民的な疑念を招く一因となった」「速やかに全校展開を目指したい」
 明らかな論点のすり替えだ。

 問われているのは、規制改革が「中途半端」だったかどうかではない。

首相の友人が理事長を務める加計学園が事業主体に選ばれた過程が、公平・公正であったかどうかだ。」と指摘した。

 最後に社説は、「首相が今回、講演先に選んだのは、産経新聞の主張に賛同する任意団体「神戸「正論」懇話会」だった。

 5月には読売新聞のインタビューと、日本会議が関わる会見集会に寄せたビデオメッセージで「20年改憲」を打ち出した。

 主張の近い報道機関や団体を通じて改憲を得く一方で、国会で問われると、読売新聞を「ぜひ熟読して」と説明を避ける。

 まさにご都合主義である。

 首相が今なすべきは、憲法53条に基づく野党の要求に応じて速やかに臨時国会を開き、自らや妻昭恵氏に向けられた疑問に一つ一つ答えることだ。

 憲法無視の首相が、憲法改正のハンドルを握ることは許されない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「首相の主張の中心は戦争放棄と戦力不保持をうたう9条の1項と2項を維持しつつ、自衛隊を明記するというものだ」とのこと、

 「もう一つ、首相があげているのが高等教育の無償化だ」とのこと、等々を改めて知ることができた。

 社説は自衛隊の憲法明記については「自衛隊に幅広い支持がある。明記を急ぐ合理的な理由があるとは思えない」と指摘、

 また社説は高等教育無償化については「これは憲法に書くか否かではなく、財源の問題だ。財源を用意し、自らの政策判断で進めれば会見しなくてもできる」と指摘、等々の指摘はその通りだと思った。

 「首相は講演で語った。「(獣医学部の新設)を1校だけに限定して特区を認めたが、中途半端な妥協が結果として国民的疑念を招く一因となった」「速やかに全国展開をめざしたい」」とのこと、

 「首相が今回講演先に選んだのは、産経新聞の主張に賛同する任意団体「神戸「正論」懇話会」だった。」とのこと、

「5月には読売新聞のインタビューと日本会議が関わる改憲集会に寄せたビデオメッセージで「20年改憲」を打ち出した」とのこと、

 等々も知ることができた。

 獣医学部の全国展開をめざしたいとの「首相」の発言は、社説指摘の通り「問われているのは、規制改革が「中途半端」だったかどうかではない。首相の友人が理事長を務める加計学園が事業主体に選ばれた過程が、公平・公正であたかどうかだ。」ということだ。この首相発言は「論点のすり替えだ」と、社説は非難する。社説の避難はその通りだと思う。

 が、その論点のすり変えということさえ、首相の認識にないのではないか、と想像した時ぞっとした。

  


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# by sasakitosio | 2017-07-17 13:13 | 朝日新聞を読んで | Trackback

625日付朝日新聞朝刊3面に、「日曜に想う」という欄がある。

 筆者は、編集委員・大野博人氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「「総理のご意向」なんてなかった、どんな文書で示そうと、そんなものはまったくない。そういうことらしい。

 であれば話が早い。

 まず文部科学省は「総理のご意向」があると誤解して出してしまった決定を取り消す。

 加計学園の獣医学部新設への手続きを、改めて原則に立ちかえっってやり直す。

なにせ「忖度すべきものはない」と「官邸の最高レベル」が繰り返しておるのだ。

 今度はのびのびと仕事ができる。

 文科省に限らない、官僚たちは今後、公文書に残せないような「総理のご意向」などがどこからか伝わってきても、ざれ言として一切無視すればいいーーー。

 記録文書や証言に対する安倍政権の軽蔑的な姿勢は、天に唾するほどに常軌を逸している。

 まず、ないという。

 あったとすれば出所不明の怪文書という。

 怪文書でないとなってもまともに調べない。

 あるいは廃棄されたという。

 それでも出てきたら内容が不正確で違う、という。」と切り出した。

 続けて筆者は、「この政権は、歴史への思い入れを暗示してきた。戦後70年では首相談話を出すことにかなり力を入れてきた。

 最近も、稲田朋美防衛相は雑誌への寄稿で「東京裁判史観の克服」に言及し、「「客観的事実は何か」を追求する姿勢を持つことが大切」と記している。

 しかし、防衛相は、南スーダン国連平和維持活動に携わった陸上自衛隊の日報が廃棄されたと言われたときには「法令に基づいていた」などとその正当性を主張していた。

 一方歴史へのこだわりらしきもの、への深い軽蔑。

 その間に整合性はない。

 森友学園への国有地売却問題では、財務省本省と近畿財務局が持つ交渉記録が消されてしまいそうだ。

 その電子データの保全を裁判で争っているNPO法人「情報公開クリアリングハウス」の三木由希子理事長は、最近は行政文書が廃棄されて公開不能となる事例が増えていると指摘する。

 「政治家のやりとりの記録などは、出さないものも変に目立つし、出したら出したで面倒くさいかもしれない。だから、公開請求対象にならないようにしてしまうこともありうると思います」

 たとえば、保存期間が1年未満と早く廃棄できる文書に分類しておけば、情報公開要求をかわしやすい。情報を出すも出さないも、残っていなければ、どうしようもない。

 文書を残すのは情報公開のためだけではない。

 「政府としての説明責任を果たすうえで必要では」と理事長は言う。

 南スーダンの日報も「ありません、となればそれができなくなるでしょう。」

 「日報」は、存在が確認されたとも疑惑は残ったまま。一時隠蔽したのはなぜか、一部削除されたのではないか。

 森友問題や加計問題でも、政府に文書や記録を保全し検証する動きはない。

 自分たちが多数派だという自信からか、情報公開も説明責任もないがしろにする。

 そして歴史から「客観的事実」を消していく。と指摘した。

 最後に筆者は、「国際NGO「国境なき医師団」創設者の一人でもある仏作家ジャンクリストフ・リュファンの作品に「グローバリア」という近未来の全体主義国家を描いた反ユートピア長編小説がある。

 独裁者が全てをコントロールするその国では、年号は0年から60年で一巡する。

 60年の後はまた0年にもどり、それを繰り返す。「歴史」はなくなる。

 当局は、人々が歴史を意識するのは危険と考える。「過去とは有害な考えが詰まった巨大な貯蔵庫だ。専制、征服、植民地支配、奴隷制・・・」。

 だから「記憶は特別な部署の管理下に」封印する。

 グローバリアは民主主義国を標榜している。

 作者があとがきで、民主主義が多数派の専制に行き着いた社会を描いてみたと述べている。

 「あったものをなかったことにする」。

 歴史と記録へのそんな姿勢で、今の日本の政権と反ユートピア国家の政治体制が重なってみえる。」として締めくくった。

 読んで面白かった。

 「「総理のご意向」なんてなかった。どんな文書で示そうと、そんなものはまったくない。そういうことらしい。

 であれば話が早い。

 まず文部科学省は「総理のご意向」あると誤解して出してしまった決定を取り消す、加計学園の獣医学部新設への手続きを、あらためて原則に立ち返ってやり直す」と筆者は指摘した。

 面白い発想だ。だが、筆者の提案のような策がどこからも聞こえてこない。ということは、関係者一同にとっては「総理のご意向」はあったということが周知の事実ということか?

また「仏作家ジャンクリストフ・リュファンの作品に「グローバリア」という近未来の全体主義国家を描いた反ユートピア長編小説がある」とのこと、

 小説の中で、「当局は、人々が歴史を意識するのは危険と考える。「過去とは有害な考え方が詰まった巨大な冷蔵庫だ。専制、征服、植民地支配、奴隷制・・・」。だから「記憶は特別の部署の管理下に」封印する。」とのこと、等を知ることができた。機会があったら、この小説を読んでみたい。

 また、「あったものをなかったことにする」歴史と記録へのそんな姿勢で、今の日本の政権と反ユートピア国家の政治体制が重なって見える」との筆者の指摘は、当たっているようで怖い。

 しかし、私たちは基本的人権を保障した「日本国憲法」の下で、70年も生きてきた。その誇りと自信で、日本における平和・非戦と自由・民主主義を進化発展していきたい。


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# by sasakitosio | 2017-07-17 12:22 | 朝日新聞を読んで | Trackback

625日付朝日新聞社説に、「公務員は誰のために」との見出しで、森友学園問題や加計学園問題で露見した「公務員」の公平・中立問題についての記事が、載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「公務員は誰のために働いているのか。そう嘆かざるを得ない出来事が相次いでいる。

 安倍首相の妻昭恵氏が名誉校長としてかかわった森友学園への国有地売却で、財務省が異例の対応をしていた実態を示す資料が次々と明らかになった。

 首相の友人が理事長を務める加計学園の獣医学部新設計画では、内閣府が「総理のご意向」だとして文部科学省に手続きを促していたとする内部文書が判明した。

 公平、中立であるべき公務員の姿が大きく揺らいでいる。」と切り出した。

 続けて社説は、「明治憲法下における「天皇の官吏」は新憲法のもとで、主権者である国民のために働く公務員へと大きく転換した。

 憲法15条が「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と定める野は、その宣言である。

 戦後70年余、多くの官僚の働きが日本を支えてきたことは確かだ。だが、、官僚機構が総体として「全体の奉仕者」の使命を果たしてきたかと言えば、必ずしもそうとは言えない。

 戦前の官僚主導の行政機構は戦後も温存された。

 占領当局が日本統治に当たり、国内事情を熟視する官僚に依存したこと、多くの政治家が公職追放を受けたことなどが背景にある。

 官僚が族議員の力を借り、省益や業界益の実現を図る。

 そんな政官の持ちつ持たれつの関係が成立した時代もあった。

 しかし政官癒着や縦割り行政のひずみが広がり、経済成長の鈍化も加わって、政治主導によるトップダウンの政策決定がめざされるようになった。安倍政権が2014年に内閣人事局を設置したのも、1980年代末からの一連の政治改革の延長線上にある。」と指摘した。

 さらに社説は、「内閣人事局の設置で、中央官庁で働く約4万人の国家公務員のうち、事務次官や局長ら約600人の人事に首相や官房長官が直接かかわるようになった。

 それにより首相官邸が官僚機構の人事権を掌握したが、現状は副作用も大きい。

 多くの官僚が、官邸の不興を買うことを恐れて委縮している。

 「官邸の意向」を過度に忖度し、「時の権力への奉仕者」と化してしまっていないか。

 元自治省課長で総務相も務めた片山善博・早稲田大学教授は「今の霞が関は「物言えば唇寒し」の状況。内閣人事局発足以降、この風潮が強まっている」と朝日新聞に語っている。

 もちろんすべての官僚をひとくくりにはできない。

 加計問題で、「怪文書」と断じた政権に追従せず、「総理のご意向」文書の存在を証言した文科省職員を忘れるわけにはいかない。

 とはいえ、衆参で与党が圧倒的多数の議席を占める「安倍一強」のもとで、国会による政権の監視が弱まり、立法府と行政府の均衡と抑制が」機能不全に陥っている。

 その上に官僚が中立性を失い、政権と官僚の相互のチェックが損なわれていることの弊害は極めて大きい。

 では政と官のあるべき関係とはどういうものか。

 政策決定に当たっては、選挙で選ばれた政治家が方向性を示す。

 官僚は具体化するための選択肢を示し、政治家が最終判断する。それが望ましい政官関係のありかただろう。

 同時に、官僚は政治家にただ従えばいいわけではない。政治家の過ちに異議を唱え、説得に努めることも欠かせない。

 「変化」に敏感で、状況に応じて方向を決める政治家。

 「継続性」を重んじ、中立性を旨に行政を安定させる官僚―――

 両者の役割分担によって適切な緊張関係が生まれれば、惰性を排するとともに、過度な振幅を抑えることにもつながる。」と指摘した。

 最後に社説は、「日本と同じ議院内閣制で、一連の政治改革のモデルとされた英国の事情はどうだろう。

 「英国では政策決定はトップダウンの政治主導だが、人事は必ずしも政治主導ではない」

 内山融・東大教授(政治学)はこう解説する。

 「省庁の次官や局長級人事については、政治の干渉を受けない国家公務員人事委員会が選考委員会をつくって候補者一人を首相に推薦する。

 首相はその人事を拒否できるが、その場合はもう一度、委員会で先行し直すことになる。そうすることで中立性が保たれる仕組みだ」

 日本の官僚機構に中立性を育むために何が必要か。

 まず政権が人事権を乱用し、官僚に過度の圧力をかけることがあってはならない。

 そして、官僚は「全体の奉仕者」としての仕事ぶりを主権者である国民に十分開示し、チェックを受ける必要がある。

 そのためにも、政策形成にかかわる公文書をより厳格に管理し、積極的に情報公開することから始めなければならない。

 そのうえで人事制度の見直しを含め、政と官のあるべき関係を構想し直す時ではないか。」と締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「戦前の官僚指導の行政機構は戦後も温存された」とのこと、

 「官僚が族議員の力を借り、省益や業界益を図る。そんな政官のもちつもたれつの関係が成立した時代もあった」とのこと、

 「多くの官僚が、官邸の不興を買うことを恐れ萎縮している。

 「官邸の意向」を過度に忖度し、「時の権力の奉仕者」と化してしまっていないか」との危惧、

 「「英国では政策決定はトップダウンの政治主導だが、人事は必ずしも政治主導ではない」とのこと、

 「「省庁の次官や局長級人事については 、政治の干渉を受けない国家公務員人事委員会が選考委員会を作って候補者一人を首相に推薦する。

 首相はその人事を拒否できるが、その場合もう一度、委員会で選考し直すことになる。そうすることで中立性が保たれる仕組みだ」」とのこと、

 等々を知ることができた。

 社説は、「日本の官僚機構に中立性を育むために、「政策形成にかかわる公文書をより厳格に管理し、積極的に情報公開する」ことから始めなければならない」と指摘した。

 たしかに、公文書の厳格な管理と、積極的な情報管理は、官僚機構の中立性の担保に役立つと思う。そのうえで、公務員の倫理研修を徹底し、常に公務員個々に「全体の奉仕者」たる自覚をもって仕事をしてもらいたいものだ、と思った。


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# by sasakitosio | 2017-07-17 11:27 | 朝日新聞を読んで | Trackback

7月16日付朝日新聞社説に、労基法の改正のことが載った。 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「一定年収以上の専門職を労働時間の規制から外し、残業や深夜・休日労働をしても会社が割増賃金を払わない制度の創設が現実味を帯びてきた。

 制度を盛り込んだ政府の労働基準法改正案に反対してきた連合が容認姿勢に転じ、神津里季生会長が安倍首相に会って一部修正を要望した。

 首相も受け入れる意向で、改正案を修正し、秋の臨時国会で成立を目指す。

 だが、残業代の負担という経営側にとっての歯止めをなくせば、長時間労働を助長しかねない。そう連合自身が指摘してきた問題点は残ったままだ。方針転換は傘下の労働組合にも寝耳に水で、あまりに唐突だった。

 修正の内容、検討過程の両面で、懸念と疑問が尽きない。」と切り出した。

 続けて社説は、「連合の修正案は、今は健康確保措置の選択肢の一つである「年104日以上の休日取得」を義務付ける。

 さらに、労働時間の上限設定▽終業から始業まで一定の休息を確保する「勤務間インターバル制度」▽2週関連続の休日取得▽年一回の定期健康診断とは別の臨時健康診断、の4つからいずれかの措置を講じるというものだ。

 だが、この内容では不十分だ。

 過労死で家族を失った人たちや連合内からも批判と失望の声があがっている。

 年104日は祝日を除いた週休2日制に過ぎない。しかも4週で4日休めばよいルールなので、8週で最初と最後に4日ずつ休めば48日連続勤務も可能だ。働く時間の制限もない。

 また4つの選択肢には、臨時の健康診断のような経営側が選びやすい案がわざわざ盛り込まれた。これで労働時間の上限設定や勤務間インターバル制度の普及がすすむだろうか。

 労働団体にとって極めて重要な意思決定にもかかわらず、連合は傘下の労働組合や関係者を巻き込んだ議論の積み上げを欠いたまま、幹部が主導して方針を転換した。

 労働組合の中央組織、労働者の代表として存在が問われかねない。」と指摘した。

 最後に社説は「この規制緩和は経済界の要望を受けて第一次安倍政権で議論されたが、懸念の声が多く頓挫した。第二次安倍政権になり2年前に法案が国会に提出されたが、これまで一度も審議されず、政府の働き方改革実現会議でもほとんど議論されていない。

 臨時国会では同一労働同一賃金や残業時間の上限規制が柱の「働き方改革」がテーマになるが、これに紛れ込ませて、なし崩し的に進めてよい話ではない。

 働く人の権利と暮らしを守る労働基準法の原点に立ち返った検討を求める」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「一定年収以上の専門職を労働時間の規制から外し、残業や深夜・休日労働をしても会社が割増賃金を払わない制度の創設が現実味を帯びてきた」とのこと、

 「制度を盛り込んだ政府の労働基準改正案に反対してきた連合が容認姿勢に転じ、神津里季生会長が安倍首相に会って一部修正を要望した」とのこと

 「労働団体にとって極めて重要な意思決定であるにもかかわらず、連合傘下の労働組合や関係者を巻き込んだ議論の積み上げを欠いたまま、幹部が主導して方針を転換した」とのこと、 等々を知ることができた。
 連合の衰退を目の当たりにするようで、まことに残念な事態だ。

 明治維新から150年余、日本社会全体のシステムに老化現象があらわれ、あちこちに機能障害が来ているような気がした。

 明治維新時では、西洋という具体的目標があった。が、今日では、それがない。だから、筆者を筆頭にした「日本の有識者」の皆さん、出番ですよ!!


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# by sasakitosio | 2017-07-17 08:11 | 朝日新聞を読んで | Trackback

7月16日付東京新聞朝刊社説横に、「時代を読む」という欄がある。 筆者は、東大教授・宇野重規氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「東京都議会議員選挙の余熱がまだ冷めやらない今日、ある種の居心地の悪さを感じているのは筆者だけではあるまい。

 なるほど「共謀罪」を巡る与党の強引な議会運営、森友・加計学園を巡る疑惑の数々、そして閣僚や議員をによる失言の連続に対し、都民の厳しい判断が下されたことは一つの前進であろう。

 都議が大幅に入れ替わり新たな風が吹き込んだことにも一定の意義がある。

 しかしながら新たな都政与党となった都民ファーストの会の基本政策を含め、不透明な部分も多すぎて、今後の見通しは立ちにくい。

 そもそも、都議選を通じて、なにが語られたのか。

 築地市場の豊洲移転問題について、納得のいく議論は交わされたのであろうか。

 東京で五輪を開催する意義について、都民間の合意は形成されたのであろうか。

 都市部における少子高齢化や貧困問題について、改善策が検討されたのか。

 そのような実質的な議論を期待しても、しょせんは無意味だという諦念がどうしてもわいてくる。」と切り出した。

続けて筆者は、「 もちろん都議選とは単なる一地方議会選挙ではない。1300万人を超す人口を有する首都の選挙であり、日本全体にも大きな影響を及ぼす重要イベントである。

 1989年の都議選では社会党の土井たか子ブームが起こり、後の政治改革へとつながるうねりを生み出した。

 2009年の都議選もまた、続く民主党の政権獲得への先駆けとして記憶される。

 人口が多く浮動票の多い都議選の結果は、国政に対する大きな動きの跳躍台となりうる。

 それでは今回の都議選はいかなる動きの跳躍台となるのだろうか。

 筆者としては期待を込めて、政治における言葉の意義回復への一里塚となることを願いたい。

 今回の都議選で、有権者の不満を募らせた最たる要因は、安倍政権の「言葉の貧しさ」であった。

 森友・加計問題でもはや劇画のレベルにまで達したのが、菅義偉官房長官の「問題ない」「仮定の問いには答えられない」「指摘は当たらない」の繰り返しであった。

 なるほど政治の場において、どうしてもその時点で答えようがないこともある。

 断言的な口調で、とりあえず追求を避けざるを得ないこともあろう。とはいえ、この言葉が常套句になったとき、言論の府である国会はその命を失う。

 「印象操作」という言葉を、決めぜりふのように繰り返す安倍首相にも問題がある。

 言葉によって相互に攻め合うのが政治の本質である以上、相手に議論に根拠がない時、きちんと反論できなければ自分の印象が悪くなってもやむを得ない。

 「印象操作」とさえ言えば、反論になると考えるのは、あまりに独善的であろう。」と指摘した。

 最後に筆者は、「言質を取られまいと、ともかく答えを回避するか、さもなければ一言の下に切り捨てる。

 このようにして、国政の中枢において奇妙な「言葉の貧しさ」が居座る一方、政治であれ芸能であれ、会員制交流サイト(SNS)であれ、「言ったもの勝ち」とばかりの炎上商法も目立つ。

 これでは言葉の信頼は失われるばかりだ。

 そろそろ実のある言葉、中身のある論争が聞きたい。

 そのような有権者の欲求が、かってないほど高まったのが今回の都議選ではなかったか。

 残念ながら、まだ欲求はみたされていない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「1989年の都議選では社会党の土井たか子ブームが起こり、後の政治改革へとつながるうねりを生み出した」とのこと、

 「2009年の都議選もまた、続く民主党の政権獲得への先駆けとして記憶されている」とのこと、

 「今回の都議選で、有権者の不満を募らせた最たる要因は、安倍政権の「言葉の貧しさ」であった」との指摘、

 「森友・加計問題でもはや戯画のレベルまで達したのが、菅義偉官房長官の「問題ない」「仮定の問いには答えられない」「指摘は当たらない」の繰り返しであった」との指摘、

 「印象操作」という言葉を、決めぜりふのように繰り返す安倍晋三首相にも問題がある。言葉によって相互に攻め合うのが政治の本質である以上、相手の議論に根拠がない時、きちんと反論できなければ自分の印象が悪くなってもやむをえない」との指摘、等々のはその通りだと、納得した。

 筆者の指摘によれば、戯画のレベルまで達した「菅義偉官房長官の言葉」が、常套句になった国会は命を失ったというべきか?

 であるならば、枯れ木と化した「国会」に「税金」という「水」をやるのは、無駄遣いの極みの一つではないか、と思った。


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# by sasakitosio | 2017-07-17 07:31 | 東京新聞を読んで | Trackback