憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio

 1月20日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、文筆家・師岡カリーマ氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「最近、成田空港の飲食店では、イラストによる原料表示をメニューに加える動きが広がっている。

 豚、牛、鶏、小麦、卵、乳製品、アルコールなどが絵で表示されれば、外国人でも一目瞭然。アレルギーや食事制限がある人にとっては、確かに親切だ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「でもおもてなし大国を名乗るなら、表示の次は食材も再考したい。

 たとえばある店のメニューによれば、サラダとゆで卵とトーストの朝職セットに、なんと豚、牛、鶏肉由来の材料とアルコールが入っている。

 パンとドレッシングに使用されているのだろうが、本当に必要な材料だろうか。

 厳しい食事制限を自らに課しているビーガンなら納得がいくだろうが、ここはアジアのハブを自負する国際空港だ。卵や乳製品を食べるベジタリアン、豚肉を食べないユダヤ教徒やイスラム教徒、牛肉を食べないヒンズー教徒が、ごくシンプルな朝職さえ食べることができないようでは、旅心も盛り下がる。」と指摘した。

 最後に筆者は、「それなら和食という選択肢があるじゃないかと思われるかもしれない。

 私もすし屋で豚マークを見たときは驚いた。卵焼きのダシに使うという。

 豚なしでも日本のおいしい卵焼きは作れると信じたい。

 「あなたはこれは食べられない」表示から「あなたはこれも食べられる」食材使用へ。

 世界の多様性に配慮するなら、こうした発想転換も有効だろう。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ある店のメニューによれば、サラダとゆで卵とトーストの朝食セットに、なんと豚、牛、鶏由来の材料とアルコールが入っている」とのこと、

 「ここはアジアのハブを自負する国際空港だ。卵や乳製品を食べるベジタリアン、豚肉を食べないユダヤ教徒やイスラム教徒、牛肉を食べないヒンズー教徒が、ごくシンプルな朝食さえ食べることが出来ないようでは、旅心も盛り下がる」とのこと、

 「あなたはこれを食べられない」表示から「あなたはこれを食べられる」食材表示へ」との指摘は、まことにその通りだと思った。

 そして遠からず、日本人の工夫と器用さが、食材選択や調理法に生かされ、筆者指摘の「あなたもこれを食べられる」表示に変わると信じたい。

 


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# by sasakitosio | 2018-01-21 07:18 | 東京新聞を読んで | Trackback

 1月19日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、作家で元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「最近、高校生や浪人生、その保護者から大学進学について相談を受けることが多くなった。

 筆者は「受験に奇跡はない。その時点での学力が正確に反映される」と答えている。

 確かに偏差値38の生徒が1年間、猛勉強して超難関校とされる私大文系に合格することは可能だ。その場合、英語、国語、社会科の内の1科目(大抵の場合、世界史か日本)で受験するので、その3科目については超難関校に合格する知識が身についている。」と指摘した。

 続けて筆者は、「もっともこの場合、必要とされる知識は教科書の内容を覚えて(理解しなくてもいい)、60~120分の筆記試験で答案用紙に正確に再現する能力だ。

 短期間で無理して詰め込んだ知識は大学合格後、短期間で記憶から消えてしまう。

 また受験科目でない数学、理科、社会科でも政治経済、倫理などについての知識はほとんどない。だから、大学レベルの教育内容を消化することが出来ない。

 こういう形で超難関校に合格しても意味がないと思う。」と指摘した。

 最後に筆者は、「理科系の学生でも、歴史や政治経済、倫理に関する知識が全く欠けているのでは、優れたイノベーション生み出すことはできない。

 日本の大学教育の底上げを図るために文理統合が必要だ。文科系学部の入試にも数学を、理科系学部入試にも社会科を加える必要があると思う。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

「偏差値38の生徒が1年間、猛勉強して超難関校とされる私大文系に合格することは可能だ」とのこと、

 「短期間で無理して詰め込んだ知識は大学合格後、短期間で記憶から消えてしまう」とのこと、

 「また受験科目でないない数学、理科、社会科でも政治経済、倫理などについての知識はほとんどない。だから大学レベルの教育内容を消化することができない」とのこと、

「理科系の学生でも、歴史や政治経済、倫理に関する知識が全く欠けているのでは、優れたイノベーションを生み出すことはできない」とのこと、等等筆者の指摘で、考えるきっかけを得た。

 受験は「瞬間の力勝負」だから、そこでの勝ち方で勝っても、人生や社会は長い時間の中での競い合いだから、総合力・応用力が勝敗を決めるということか。

 そこで、筆者は「日本の大学教育の底上げを図るために文理融合が必要だ」と提案している。

 確かに提案はその通りだが、そのタイミングを、大学入試のところに持ってくるのがいいのか、合格後の教育に反映するのがいいのか、判断のしどころかも知れない、と思った。

 また、社会へ出てからも、文理融合の高等教育を受けられる社会的「環境と条件」があると、いいような気がした。

  


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# by sasakitosio | 2018-01-20 07:52 | 東京新聞を読んで | Trackback

 1月18日、毎朝の手賀沼散歩でのこと。
 最近は、寒い朝の為、できるだけお日様が出る頃に歩くことにしている。霜が降りている時は、枯芝の先に生ずる水滴に、お日様が反射して、きらきら光る。まるで、宝石をまいたような草原を歩く。そんな時は、吐いた息が筒状に広がり消える。でも寒い!

今日は、霜が降りていない、お日様も出ている。

 水路に、時々、真っ白い小サギが立って小魚を狙っている。近づくと、さっと飛んで移動する。

 寒い冬は、目に入る「花も、鳥も、魚も」少ない。
 しかし、今年初めて、仏の座の花を見た。その水路近くから、チーチーという鳥の声。みると、瑠璃色の背をしたカワセミが動いた。鳥を驚かさないように、10メートルほど離れて遠回りをする。

 カワセミは逃げず、水に飛び込んで、さっと、飛び上がってセメントの水路壁に立った。よく見れば、カワセミのくちばしに小魚(クチボソらしい?)がピチピチしていた。

 手賀沼を歩き始めたのが、平成13年5月頃から。カワセミの姿はよく見てきたが、カワセミが小魚を捕まえたシーンに出くわしたのは、初めてだった。今年は春から、縁起がいいかも!!

 公園の灌木の下に動くものあり、小鳥らしい。追っかけて、姿を見たら、メジロが一羽ちょこんとしていた。かわいい!!

 


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# by sasakitosio | 2018-01-19 15:36 | 手賀沼を楽しむ | Trackback

 1月18日付東京新聞朝刊4面に、「太郎の国際通信」という欄がある。

 筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「ハワイで13日朝(現地時間)ミサイル攻撃があるという警報が誤って流れた時、ホワイトハウスでは大混乱に陥っていたという。

 それを伝えたニュースサイト「ポリティコ」は、その様子をscranbleという言葉で表現した。スクランブル卵がごちゃごちゃにかき混ぜられているように、スタッフが右往左往していたらしい。

 「ホワイトハウスの補佐官たちはこの通報にどう対応したら良いのか分からず取り乱した様子で、出先機関へ電話をかけまくっていた」(ポリティコ)

 米国政府には国内へのミサイル攻撃に対する対応策があるが、それはこの30年間テストされたことがなかったという。

 トランプ政権もその必要性を認めながらもまだ対応の手はずを決めていなかったので、この日の混乱を招いたようだ。」と切り出した。

 続けて筆者は、「今回のハワイ州緊急事態管理局の担当者が誤って警報ボタンを押したためと分かり、まず一件落着かと思わせた。

 しかし、この問題はそう簡単に片づけてはならないといった警告の声が上がり始めている。

 「ハワイの誤警報は、不運と核戦争は紙一重であることを暗示」

 ニューヨーク・タイムズ紙電子版に、14日こんな見出しの記事が掲載された。

 1983年に大韓航空機が誤ってソ連領内を飛行し撃墜された事件で、米ソ両国は相互に疑心暗鬼になり核戦争一歩手前にまで危機がエスカレートしたことを例に、今回のような誤報は偶発的な核戦争を招く危険があると指摘する。

 「当時フロリダ州でゴルフの最中だったトランプ大統領が、核攻撃の許可を与えるいわゆるブラック・ボックスを携えて同行中の軍事顧問に暗号カードを渡し、その場で北朝鮮に向けて核ミサイル発射を命令することもあり得ない話ではなかった」という専門家の談話も紹介している。

 今回は誤報と発表されるまでに38分かかったが、北朝鮮のミサイルは約10分でハワイに着弾すると言われているので確認の時間は短い。

 その中でホワイトハウスが混乱の極みにあったとすれば、大統領に誤った情報が伝わる危険はあったかもしれない。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「ビル・クリントン政権で国防長官を務めたウィリアム・ペリー氏も、間違いを防ぐ防護システムこそが今必要だとワシントンのニュースサイト「WND」に次のように語っている。

 「偶発的な核戦争の危険は仮定の話ではない。過去にも偶発的に危機を招いた例がある。人は間違いを犯すものだ」

 「何百万人もの命がかかっているときには、間違いは起きないでほしいと願うだけではダメなのだ」

 ハワイのミサイル誤報は、やはり「誤報でよかった」では済まされない話のようだ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「ハワイで13日朝(現地時間)ミサイル攻撃があるという警報が誤って流れたとき、ホワイトハウスは大混乱に陥っていた」とのこと、

 「当時フロリダ州でゴルフの最中だったトランプ大統領が、核攻撃の許可を与えるいわゆるブラック・ボックスを携えて同行中の軍事顧問にに暗号カードを渡し、その場で北朝鮮へ向けて核ミサイル発射は命令することもあり得ない話ではなかった」という専門家の談話」があるとのこと、

 「今回は誤報と発表されるまでに38分かかったが、北朝鮮のミサイルは約10分でハワイに着弾すると言われているので確認の時間は短い。」とのこと、等々を知ることが出来た。

 そして、偶発的な核戦争の危険は、現実のものだとわかった。
 「ハワイの誤警報は不運と核戦争は紙一重であることを暗示」とのニューヨーク・タイムズ紙電子版の14日の見出しが、すとんと腹に落ちた。怖い怖い話だが。
ウイリアム・ペリー氏のいう「間違いを防ぐ防護システムこそが今必要」との指摘を、核兵器保有国の指導者は肝に銘じて、直ちに対応策を取ってほしい、と思った。


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# by sasakitosio | 2018-01-19 06:35 | 東京新聞を読んで | Trackback

 1月17日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、文芸評論家・斉藤美奈子氏だ。

 今日は、この筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「14日、杉浦千畝を顕彰するリトアニアの「杉原記念館」を訪れた安倍首相は「杉原氏の勇気ある人道的な行動は世界中から高く評価されている。同じ日本人として誇りに思う」と語った。」と切り出した。

 続けて筆者は、「なんだかなあ。杉原は「日本人」の立場を超えた国際人として行動した点が評価されているわけでしょ。それを自国の手柄みたいにいう?

 一方、政府は来日中の「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のベアトリス・フィン事務局長と首相との面会を断った。

 これまた、なんだかなあ、である。

 昨年、ICANがノーベル平和賞を受賞した際にも無視した安倍首相。

 そんなに「日本人」が好きなら、平和賞の演説を行ったサーロー節子氏や核廃絶運動を闘ってきた被爆者も「同じ日本人として誇りに思う」とコメントすればよかったのに。

 ノーベル文学賞のカズオ・イシグロ氏には「長崎市のご出身で」「日本にもたくさんのファンがいます」と祝辞を嬉々として出したくせに。」と指摘した。

 最後に筆者は、「自分に好都合な人物や事象は「民族の誇り」に矮小化し、不都合な人物や事象はあからさまに退ける。

 中華思想っていうんですか。

 どちらも国際的な評価に耳を塞いでいる点では変わらない。

 そのうえ、慰安婦問題でこじれていることを理由に平昌五輪への出席を見送る?

 この人とは「同じ日本人」でいたくないよ。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「14日、杉浦千畝を顕彰するリトアニアの「杉原記念館」を訪れた安倍首相は「杉原氏の勇気ある人道的な行動は世界中で高く評価されている。同じ日本人として誇りに思う」と語った」とのこと、 

 「一方、政府は来日中の「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)」のベアトリス・フィン事務局長と首相との面会を断った。」とのこと、等等に筆者は「なんだかなあ」と嘆いている。

 「自分に好都合な人物や事象は「民族の誇り」に矮小化し、不都合な人物や事象はあからさまに退ける。中華思想っていうんですか。」と指摘した。確かに、中華思想って気楽かもしれないが、社会的に高い地位にある人が自己中心の中華思想であることは、「日本人」の一人として、恥ずかしい気がする。


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# by sasakitosio | 2018-01-18 06:31 | 東京新聞を読んで | Trackback

1月16日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにする。

 まず筆者は、「「唖然坊演歌とブラジル移民の歌」と題する歌とトークの会が先週末にあった。

 ジャズドラマー土取利之行さんと「現代の吟遊詩人」とも称されている松田美緒さんとの掛け合いである。

 コンサートに出かけるチャンスなどなかなかないのだが、昨年夏「軟骨的抵抗者 演歌の租・添田唖然坊語る」というタイトルの対談集を出している土取さんの久しぶりの帰国なので、早速駆け付けた。」と切り出した。

 続けて筆者は、「明治末期から大正にかけて、政治批判を民衆の哀歓に染み込ませてうたわれてきた唖然坊の歌が、ブラジルへ移民を運んでいた笠戸丸の船内でうたわれ、さらにはジャングル開拓の生活の中で、いくつかの替え歌となって変容、変節しながら歌われ続けていた。

 と松田さんがブラジル的熱愛を込めて、そのいくつかを披露した。

 ラッパ節や「籠の鳥」など、庶民になじみ深く、親しみやすい七五調、七七調で浸透した。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「かって、労働運動や学生運動は歌声とともにあった。いま、ともにうわれる歌は半ば強制された君が代斉唱しかない。

 いま唖然坊流の風刺、嘲笑、抵抗、抗議の歌はラジオやテレビから放逐された。

 しかし、短歌や俳句のリズム感に依拠した歌は滅びない。

 これだけ庶民が権力からひどい目に遭わされている時代はない。抵抗の歌よ、立ちあがれ!」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「唖然坊演歌とブラジル移民の歌」題する歌とトークの会が先週末にあった」とのこと、

 筆者は「昨年夏「軟骨的抵抗者、演歌の租・添田唖然坊を語る」という対談集を出した」とのこと、

 「明治末期から大正にかけて、政治批判を民衆の哀歓に染み込ませてうたわれていた唖然坊の歌が、ブラジル移民を運んでいた笠戸丸の船内でうたわれ、さらにジャングル開拓の生活のなかで、いくつかの替え歌となって変容、変節しながら歌われ続けていた」とのこと、

 「いま唖然坊の風刺、嘲笑、抵抗、抗議の歌はラジオやテレビから放逐された」とのこと、等々を知ることが出来た。

 何とかして、「唖然坊の歌」を聞いてみたくなった。自分でも、歌ってみたい、と思った。

 

 


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# by sasakitosio | 2018-01-17 06:56 | 東京新聞を読んで | Trackback

1月15日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。

 筆者は、看護師・宮古あずさ氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

まず筆者は、「振り袖の販売・レンタル業者が成人式を目前に閉店し、多くの新成人が晴れ着を着られなかった問題。

 被害者の悲嘆を思いつつ、初めて知った成人式の在り方にも、疑問を感じている。」と切り出した。

 続けて筆者は、「今回、晴れ着が切られず参加しなかった被害者も多数出たと聞く。

 ならば、晴れ着にかけるお金がない人はどうなるのか。

 晴れ着が必須ならば、自治体主催の式典としては不適切ではないか。

 ただこれは成人式に限った話ではない。格差社会が問題になる一方で、子ども関連のイベントは華美になっている。小学校の卒業式も、着飾った子供が目立つ。ここでは格差という論点がかすんでいる。

 思えば幼少期、母は徹底して、「貧しい人を排除する行動はしないように」私を導いた。

 例えば友人を招く誕生会は決して開かず、招かれるのも禁止。「プレゼントを買えない人もいるから」というのがその理由だった。その結果私が気まずい思いをしても、母は意に介さなかった。」と教えてくれる。

 最後に筆者は、「こうした環境で育ち、私は晴れ着とも成人式とも無縁に大人になった。 

 よって成人式への関心は元々薄いと言うべきか。

 「晴れ着が切られなくなったら成人式に出られない」と当たり前のように語られている現状に、とても胸が痛む。

 今回の事件を機に、晴れ着中心の成人式こそ、見直されて欲しい。」として締めくくった。

 読んで面白かった。

 「「晴れ着を着られなくなったら成人式に出られない!」と当たり前のように語られている現状に、とても胸が痛む」との筆者の指摘は、確かにそうだと思った。

 昭和38年川崎市生田にある学生寮から、学生衣服姿で川崎市主催の成人式に出た。その時の女性の晴れ着姿を思い出せない。

 また、成人式の服装は晴れ着を着たい人はきればいいし、普段着で行きたい人はそれでいいのではないか、と思っている。

 ただ、「孫子の晴れ着姿」を楽しみにして、振り込んだ「祖母祖父」「父母」の気持ちを踏みにじった、業者にはものすごく腹が立った。

 


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# by sasakitosio | 2018-01-16 07:00 | 東京新聞を読んで | Trackback

 1月6日付朝日新聞朝刊社説に、「AI時代の人間」のことが載った。

 今日はこの社説を学習することにした。

 まず社説は、「人工知能(AI)のセミナーやシンポジウムが花盛りだ。

 車の自動運転に代表される、AIがもたらす明るく快適な未来。その裏側で、人間の制御を越えて世界を根底から変えてしまう「シンギュラリテイー(技術的特異点)と呼ばれる事態が訪れるのではないか、という不安も広がる。

 技術は時として、予想をはるかに上回る速度で進む。AIもそんな段階にはいったのか。人間はAIにどう向き合うべきか。

 そしてこれからの時代に備えた人づくりとはーーー。

 本格的に考えなければならない時期に来ている。」と切り出した。

 続けて社説は、「今の社会的ブームの大きなきっかけは、2年前に囲碁AI[アルファ碁]が世界最強とされた棋士を破ったことだった。

 データ処理能力飛躍的進歩が生んだAIは、生活を豊かに変える可能性を秘める。

 静岡大学の竹林洋一特任教授らは、高齢者介護の質の向上に活用しようとしている。

 お年寄りへの声のかけ方一つとっても、介護する者の姿勢や位置、音の調子、高低、タッチ有無など、多くの要素からなる。

 実際の画像をもとにそれらを分析すれば、お年寄りを笑顔にするアプローチを定式化できる。優れた介護者の育成に役立つだけでなく、認知症に関する知見の進化や理解につながることが期待される。

 一方、AI時代に対する不安の中で,最も現実味をもって語られるのが雇用への影響だ。

 AI搭載のロボットは複雑な生産現場にも進出するだろう。

 大量で多様なデータを公正・迅速に評価することが求められる市場調査、融資の判断、更に人事業務にも導入が進む。十数年後にはホワイトカラーの仕事の半分がAIに置き換えれれという見方もある。」と指摘した。

さらに社説は、「AIを活用しつつ、人間らしく働くき、生活するにはどうしたらいいのか。

「AIは統計などを使って機械的に答えを出すだけで、物事の意味は分かっていない。だから、その意味を理解し、適切に状況判断できる能力を養うことが、人にとって何より大切」

 国立情報学研究所の新井紀子教授はそう話す。

 基本となるのは、正確に読み、正確に書くという、昔ながらの力だという。

 デジタル時代はメールなど文字情報のやりとりが仕事に占める割合が高く、「誤読や表現力不足によってつまずくことが少なくない」と見る。

 教科書や新聞の文章を使った読解力テストを独自開発し、中高生らに受けてもらって弱点を探っている。

 結果は、能動態と受動態の違いに気が付かない、文章で説明されてる内容に合致する図が選べないーーーなど、決して芳しいものではない。だが、嘆いていても始まらない。協力した学校の先生たちからは、「分かっていないことが分かった」ことを前向きにとらえ、授業方法の改善をはかる動きが出ている。

 人間は計算力や記憶力でコンピューターに及ばない。それでも困らないのは、道具として使いこなせているからだ。AIについても本質は変わらない。大切なのは、AIをどう制御し、人間の幸せのために役立てるかを考え、その方向に社会を構築して行くことだ。」と指摘した。

 最後に社説は、「昨年1月、米カリフォルニア州アシロマに、AIの研究者や法律、倫理、哲学などの専門家が集い、AI開発に際して守るべき23の原則をまとめた。

 「人間の尊厳、権利、自由、文化的多様性に適合するように設計され、運転されるべきである」といった理念をかかげ、AI軍拡競争の回避や研究者同士の協力、政策立案者との健全な交流など盛り込んだ。

 このアシロマ原則は各国政府や多くの研究者を刺激し、さらに具体的な指針作りを目指す動きが盛んになっている。

 日本の人工知能学会倫理委員会は、米国の学会やNPOと提携し、インターネットを使った市民対話を開いている。

「公共の為のAI」や「労働に関するAIの影響」などのテーマ別に、誰でも、投稿された意見や疑問を読み、自ら書き込むことが出来る。今年2月まで意見を交換し、それを踏まえて実行可能な政策を提言することを目指している。

 国家や企業が入り乱れて開発を競う中、いかに秩序を維持し、人類の幸福につなげるか。

難題ではある。だがアシロマといえば、43年前に世界の科学者が集まって遺伝子組み換え技術の研究指針を議論し、一定の規制を実現させた、科学史にその名を刻む。

 AIの専門家に限らず、人文・社会科学の研究者も広く巻き込み、政治家や官僚、そして市民との対話を重ねる。その営みが人間中心の社会でのAI活用につながると信じたい。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。

 「AIを活用しつつ、人間らしい働き、生活するにはどうしたらいいのか。

 「AIは統計などを使って機械的に答えを出すだけで、物事の意味はわかっていない。だから、租に意味を理解し、適切に状況判断できる能力を養うことが、人にとって何より大切だ」国立情報学研究所の新井紀子教授はなす」とのこと、

 「大切なのは、AIをどう制御し、人間の幸せのために役立てるかを考え、その方向に社会を構築していくことだ」とのこと、

 「昨年1月、米カリフォルニア州アシロマに、AI研究者や法律、倫理、哲学などの専門家が集い、AI開発に際して守るべき23の原則をまとめた。 

 「人間の尊厳、権利、自由、文化的多様性に適合するよう設計され、運用されるべきである」といった理念を掲げ、AI軍拡競争の回避や研究者同士の協力、政策立案者との健全な交流なども盛り込んだ」とのこと、

 「日本の人工知能学会倫理委員会は、米国の学会やNPOと提携して、インターネットを使った市民対話を開いている。」とのこと、

等々を知ることが出来た。

 人間が、道具としてAIを使いこなせるか、しかも能力的に千差万別の「多様性のある人間」が、そこの見極めが一筋縄でいかないような気がするが。固体的には、年寄りでも必死に努力して、AIを使いこなす側にいたいものだと、思っている。


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# by sasakitosio | 2018-01-15 07:11 | 朝日新聞を読んで | Trackback

 1月8日付東京新聞4面に、「視点」という欄がある。筆者は、沢田千秋氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「昨年のノーベル平和賞は非政府組織「核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)に授与された。

 ヒロシマで被爆したカナダ在住のサーロー節子さん(86)は受賞演説で、原爆投下後の惨状を、開場に再現するかのように言葉を尽くした。「あれは私だけの声ではなかった」。犠牲となった同級生や親族の存在をそばに感じながら演説したという。

 授賞式前日、外国メデイアが集まる公式会見の冒頭、サーローさんはおもむろに「私たちは洗脳されていた」と語り始めた。

 「日本は神のもとで戦争に突き進んだのに、広島、長崎に原爆が落ちると降伏した。

 占領軍は非武装化と民主化に尽力したが、彼らに不利になる原爆の被害については報道規制を敷いた」

 「だから、被爆者は人類が二度とこの苦しみを経験しないよう語り始めた。私たちは何十年も語ってきた。でも世界は耳を傾けなかった。ICANがようやく、私たちの魂をよみがえらせてくれた」

 一気にまくしたてたサーローさんの厳しい顔が忘れられない。悔しかったのだろう。

 「人々は生きながら焼かれ、腹から内臓をだし、眼球を手に持ち、焼けた皮膚を垂らしながら歩いていた」。こんな地獄に道理はない。犠牲になった広島の一市民として、13歳で地獄を見た日本国民の一人として、その理不尽さをサーローさんはノーベル賞の舞台から世界に発信した。」と切り出した。

 続けて筆者は、「70年以上もの間、なぜ日本の被爆者の声は世界に届かなかったのか。

 日本が「敗戦国」だったからだ。

 旧日本軍はアジア各地に侵攻し、最終的に特攻隊という人間兵器で連合国を恐怖に陥れた。暴走する日本を止めるためには原爆しかなかったという「自業自得論」が、世界にあった。

 先の大戦の戦勝国は、国連安全保障理事会で五カ国の常任理事国となった。米、英、仏、中国、ロシアすべてが現在の核兵器保有国だ。

 五カ国は授賞式への駐ノルウェ―大使派遣を拒否し、サーローさんの演説に耳をふさいだ。

 1970年に発行した核拡散防止条約(NPT)は、トランプ大統領が核戦力の強化を掲げ、北朝鮮が核開発を強行するなど、世界情勢が混沌とする中、本来の機能を果たせなくなっている。

 ICANが推進する核兵器禁止条約が発効すれば、核兵器は違法となり、核保有国に対し、世界から一層厳しい目が注がれることになる。

 ノーベル賞委員会は、かっての戦勝国に「核を手放す勇気を持て」と促し、日本の被爆者が世界に発信する場を設けた。原爆の業火を浴びた世代の生の証言は遠からずして聞けなくなる。核兵器は決して敗戦国だけでなく、世界人類の共通の脅威であると声を発していけるのは、これからも私たち、日本をおいて他にない。」として締めくくった。

 読んで勉強になった。佐藤栄作元首相がノーベル平和賞を受賞した時は、なんか「ノーベル平和賞ってなに??」という気分だった。が今回は、受賞会場へ行ってみたくなった。いつか行ってみたいと思った。

 「授賞式前日。外国メディアが集まる公式会見の冒頭、サーローさんはおもむろに、「私たちは洗脳されていた」と語り始めた。

 「日本は神ののもとで戦争に突き進んだのに、広島、長崎に原が爆落とされると降伏した。

 占領軍は日本の非武装化と民主化に尽力したが、彼らは不利となる原爆の被害については報道規制を敷いた」

 「だから、被爆者は人類が二度とこの苦しみを経験しないよう語り始めた。私たちは何十年も語ってきた。でも世界は耳を傾けなかった。ICANがようやく、私たちの魂をよみがえらせてくれた」

 一気にまくしたてたサーローさんの厳しい顔が忘れられない」とのこと、

 「70年以上もの間、なぜ日本の被爆者の声は世界に届かなかったのか。日本が敗戦国だったからだ。旧日本軍はアジア各地に侵攻し、最終的には特攻隊という人間兵器で連合国を恐怖に陥れた。暴走する日本を止めるには原爆しかなかったという「自業自得論」が、世界にはあった。」とのこと、

 「先の大戦の戦勝国は、国連安全保障理事会で五カ国の常任理事国となった。

 米、英、仏、中国、ロシアすべてが現在の核兵器保有国だ」とのこと、

 「五カ国は授賞式へのノルウェー大使派遣を拒否し、サーローさんの演説に耳を塞いだ」とのこと、

 等々を知ることが出来た。

 「ノーベル賞委員会は、かっての戦勝国に「核を手放す勇気を持て」と促し、日本の被爆者が世界に発する場を設けた」ことの意義は、「五カ国が授賞式への駐ノルウェー大使派遣を拒否した」結果にも表れている通り、核保有国の為政者の良心に届いた証拠ではないか。これからは、世界中の人々の良心に届くのが先か、核戦争による人類滅亡が先か、誰もわからない?


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# by sasakitosio | 2018-01-15 06:59 | 東京新聞を読んで | Trackback

1月14日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。

 今日はこの筆者に学ぶことにした。

 まず筆者は、「小学館が出しているSAPIOという雑誌の最新号に、中国や韓国のメディアで日本政府を批判するのはけしからんという記事が載っていて、私の発言も反日的と批判されている。

 喧嘩を売りたいなら買ってやる。

 特定の政権を国家そのものと同一視し、政権批判を行うものを反逆者と攻撃するのは、独裁国家に共通した論法である。」と切り出した。

 続けて筆者は、「折しも、安倍政権は今年が明治維新から150年の節目ということで、維新の指導者を顕彰するキャンペーンを展開しようとしている。

 歴史は、広い時間幅で見る必要がある。

 維新の功労者は、江戸時代の末期には徳川政権に対する反逆者であった。

 今回の大河ドラマの主人公である西郷隆盛は、維新のわずか10年後、ふたたび反乱を起こして失敗し、自害した。

 歴史の転換期においては、時の権力を恐れず、自らが信ずる未来のために反乱を企てる者が、歴史を動かすのである。」と指摘した。

 最後に筆者は、「政府が維新を礼賛したいというなら、維新の原動力となった下級武士の反乱精神こそを称賛し、学校教育で広めるべきである。

 反日などというくだらないレッテルを貼って批判的な議論を抑圧しようとする人々にも言いたい。

 権力に尻尾を振って、権力のなすこと全てを正当化する人間こそ国を誤った方向に導く元凶であるという歴史の教訓を学ばなければならない。」として締めくくった。

 「喧嘩を売りたいのなら買ってやる。」と筆者の小気味のいい啖呵に気分すっきりだった。

 さて、筆者の「特定の政権を国家そのものと同一視し、政権批判を行うものを反逆者と攻撃するのは、独裁国家に共通した論法である。」との指摘は、その通りだ。

 「安倍政権は今年が明治維新150年御節目ということで、維新の指導者を顕彰するキャンペーンを展開しようとしている」とのこと、

 「維新の功労者は、江戸時代の末期には徳川政権に対する反逆者であった」とのこと、

 「政府が維新を礼賛したいというなら、維新の原動力となった下級武士の反乱精神こそ称揚し、学校教育で広めるべきである」との指摘、等々を知り、納得した。

 また、「権力に尻尾を振って、権力のなすことをすべてを正当化する人間こそ国を誤った方向へ導く元凶である」という筆者の指摘もその通りだ、と思った。

 さらに、政権批判をするものを反逆者呼ばわりをする人、権力に尾を振る人、等々は皆が皆、結果に対して「責任を感じない」「知らないふりをする」「忘れたふりをする」というのも歴史が教えてくれる教訓のような気がしてならない。

 


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# by sasakitosio | 2018-01-15 06:46 | 東京新聞を読んで | Trackback