憲法の良いとこ発見しませんか?


by sasakitosio
12月5日付朝日新聞社説に、「国際刑事裁判所」のことが載った。
 今日は、この社説を学習することにした。
 まず社説は、「人道犯罪や戦争犯罪を、「勝者」ではなく普遍的見地と中立な立場から裁くーーー。
 この理念のもと、国際刑事裁判所(ICC)は2002年、オランダのハーグに設けられた。
 日本を含む120カ国以上が加盟する
常設の法廷として、少年兵を徴用した武装組織の元指導者や、住民殺害にかかわった政治家に有罪判決を言い渡すなど、実績を重ねてきた。
 ところが、南アフリカ、ブルンジ、ガンビアのアフリカ3カ国が最近、ICCから脱退を表明した。
 さらにロシアが加盟に向けた手続きを止めると発表し、フィリピンのドゥテル大統領も脱退を示唆した。
 国際社会に「法の支配」を浸透させる長年の努力に背を向ける動きであり、看過できない。」と切り出した。
 つづけて社説は、「アフリカ諸国の一部には「ICCがアフリカの指導者を狙い撃ちしている」との不満が広がっている。
 確かに、これまで有罪判決を受けた4人は、全員がアフリカ出身者。正式に捜査が行われた10件のうち9件がアフリカで起きた事件だ。
 しかし、5件はアフリカ各国の要請で着手されたもだ。裁かれた行為の被害者もまた、アフリカの人々である現実も忘れてはなるまい。ICCはアフリカ以外の事件の予備調査も進めており、「狙い撃ちは」との見方は誤解である。
 3カ国は1年後の脱退発行までに方針を改め、ICCにとどまってほしい。
 一方、ロシアはクリミア半島併合、フィリピンは強権的な捜査対象になることへのけん制とみられる。露骨な捜査逃れは、国際信用を自ら貶める振る舞いだと自覚すべきだ。
 ICCの役割は犯罪者を裁くだけではない。権力者が非道な手段に訴えるのを思いとどまらせる効果や、人権意識を根づかせて各国の司法制度を向上させる効果も高く評価されている。」と指摘した。
 最後に社説は、「一方、ICCには、米やロシア、中国など大国が未加盟という欠陥がある。これでは、シリア内戦のように大国が関与する地域の蛮行が見逃されてしまうとの不信が広がりかねない。
 ICCは、過激派組織「イスラム国」(IS)のテロや難民・移民の命を軽視密航ビズネスの捜査にも意欲を示している。国を超えた脅威を司法の場で抑える仕組みは、あらゆる国の利益に合致するはずだ。
 すべての国に加盟を促し、」人道を守る「砦」を強固にすべきだ。ICCへの最大の拠出国で裁判官も送り出してきた日本は、その先頭に立ってほしい。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「国際刑事裁判所(ICC)は2002年、オランダのハーグに設けられた。
 日本を含む120カ国以上が加盟する常設の法廷として、少年兵を徴用した武装組織の元指導者や、住民殺害にかかわった政治家に有罪判決を言い渡すなど、実績を重ねたきた」とのこと、
 「南アフリカ、ブルンジ、ガンビアのアフリカ3カ国が最近、ICCからの脱退を表明した」とのこと、
 「ICCには米国やロシア、中国など大国が未加盟という欠陥がある。」とのこと、
 日本は「ICCへの最大の拠出国で裁判官も送り出してきた」とのこと、等等を知ることができた。
 大国抜きの現状は、TPPに似ているなあと思った。
 大国が加盟していないのは、国際社会でエゴ丸出しの勝手な振る舞いがやりにくいからだろう。
 日本は最大の拠出国で裁判官を出しているとのこと、国を越えた脅威を司法の場で抑える取り組みは、高い精神文化、懐の広い世界観、等々小国日本の得意技ではなかろうか。
 日本がICCの活動を通して、世界平和に貢献できることは、日本人として誇りに思っていいのではないか。
 
 
 

 
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-07 06:24 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 12月6日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、ルポライター・鎌田慧氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「トヨタ自動車の季節工をしていたとき、独身寮の便所の落書きに「俺はカネさえもらえばいいんだ」とあったのを読んで、悲しい思いをしたことがあった。
 もう43年も昔のことだが、社員と同じ寮だったから、若い労働者が書いたのだと思う。なんと絶望的な言葉だろう。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「日本人は働くことに意味を求める。それは満たされない夢なのか、という思いがこもっている。
 カネ、カネ、カネ。
 ただカネだけのためにだけ働くのではない。もっと違った人生を選びたい。という希望が、落書きに込められていると思った。
 その言葉を思い出したのは、今自民党が反対を押し切って進めている「カジノ解禁法」に触発されてのことだ。
 これはズバリ金のための法案である。
 人を犠牲にしても、家庭が崩壊しても、自殺者が増えても、暴力団がのさばっても、とにかくカネが欲しい、という欲望を解禁する法律である。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「勘ぐれば、安倍首相がまだ大統領就任前のカジノ王・トランプ氏にまるで抜け駆けのように、高価なお土産持参で会いに行ったのは、カジノの先輩にアドバイスを受けるためだったのだろうか。
 「ギャンブルなど依存症への対策を抜本的に強化する」と付帯決議にあるのだが、依存症をつくらないギャンブルがあるというのか。
 これも安倍式の無責任巧言令色であろう。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「これ(カジノ解禁法)はズバリ、カネのための法案である。人を犠牲にしても、家庭が崩壊しても、自殺者がふえても、暴力団がのさばっても、とにかくカネが欲しい、という欲望を解禁する法律である」との指摘、
 「「ギャンブルなど依存症への対策を抜本的に強化する」と付帯決議にあるのだが、依存症をつくらないギャンブルがあるのか」との指摘、等等まさにその通りだと思った。
 戦争ができる法律を作り、ギャンブル法をつくり、安倍信三首相は国民の不幸を増大する内閣だ。自分は選んではいないが、選挙で選ばれた国会議員によって、民主的に成立している内閣だ。
 民主主義がこの結果では、民主主義に根本的欠陥があるのだろうか?
 どうすれば、国民を世界一幸福にし、世界一平和で安全な日本にすることができるのだろうか?
 日本の有識者のみなさん、出番ですよ!!
 
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-07 06:13 | 東京新聞を読んで | Trackback
12月5日付東京新聞朝刊25面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、看護師・宮子あずさ氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「私は仕事柄、多くの患者さんの死を見送ってきた。あっけない死、苦痛の中の死。その人がどれだけの人を幸せにしたか、不幸にしたか。そんな話とは無関係に、死に方は決まる。
 医療者として尽くす手立ては尽くすとしても、最後はその人の運次第。
 こんなことを言うとまじめな人から怒られるのだが、やっぱりこの考えは変わらない。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「だから私は自分の死についても、えり好みはできないと諦めている。しかし、そんな私でも、できればこんなふうに死ねたら良いなあ、と思ったご夫婦がいる。
 報道によれば、先月21日に板橋区の自宅で亡くなったご夫婦は、97歳と93歳。
 ほぼ同じ時期に病死したらしく、異変に気付いた近所の人の通報で発見された時、食卓には食事が準備されたいたという。
 お子さんはなく、近所でも評判の仲良し夫婦だったという。夫婦水入らずの最期は、とてもすてき。私たち夫婦もそんなふうに終わりたい。」という。
 最後に筆者は、「在宅医療が進むほど、亡くなって発見される人は増加する。それを孤独死だ、と否定しては、本人も支援者も浮かばれない。
 時代は変わっている。
 死ぬ瞬間、立ち会う人がいるか否かで、死に方の善し悪しを決める考え方はもうやめた方がいい。
 ご夫婦のすてきな在宅死をうらやみつつ、その意を強くした。」として締めくくった。
 読んで、ためになった。
 夢の中でも、死神が、どんな死に方がいいかと「注文とりに」来たらどんな答えをすればいいか、と考えたことがある。
 場所的には、病院や施設でよりも、住み慣れた自宅で、しずかに、袖擦りあった全ての衆生に、地球や太陽にも感謝しながら、大地・地球に帰りたいと思っている。
 ただ、出来ることなら自分の体を使い切って、100歳まで現役で生きたいものだと、勝手に願っている。
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-06 06:36 | 東京新聞を読んで | Trackback
 12月4日付東京新聞朝刊社説横に、「太郎の国際通信」という欄がある。
 筆者は、ジャーナリスト・木村太郎氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「1961年4月17日、私は米国のフロリダ州マイアミ市にいた。
 大学を休学し国際会議の手伝いの様な事をしていたのだが、暇を見つけてはホテルのプールで過ごしていた。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「この日ものんびりと日光浴をしていると、隣でラジオを聞いていた米国の友人が突然叫んだ。
 「戦争だ!」 
ラジオは、キューバに反カストロ派の兵士が上陸し政府軍と激しい戦闘を繰り広げていると伝えてきた。
 後に「ピッグズ湾事件」と呼ばれるカストロ政権転覆を図った米国の中央情報局(CIA)の隠密作戦が開始されたのだった。
 キューバはフロリダ州南端の沖合150キロにある。マイアミ市からは見えるはずもないのだが、浜辺に出て沖合に目を凝らしラジオの戦況報道に耳を傾けたことを忘れない。
 しかし、その興奮は長くは続かなかった。上陸を図った部隊は政府軍に圧倒され、二日後には降伏して投降し作戦は大失敗におわった。
 当時の米国は、ケネデイ大統領が誕生したばかりだった。
 圧倒的な経済力と軍事力を背景に新たな若き指導者を得て、米国民は自信に満ちているように見えた。その米国が、小さな島国のキューバに手も足も出せなかったことは信じられない思いだった。」と教えてくれる。
 さらに筆者は、「フィデル・カストロってどんな人物なんだろう?」
 こんな思いに駆られてこの時帰国するのをやめ、さらに1年間大学を休学して南米を回ることになった。
 各地で出会った若者たちは、例外なく目を輝かせてカストロ議長(当時)への崇拝を口にした。
 ペルーの古都クスコでラジオのDJをしていた大学生は「カストロこそがラテンアメリカの希望だ」とマイクに向かって情熱的にしゃべっていた。
 こうした若者の中から、後にニカラグアでサンディニスタ革命を成功させたオルテガ元大統領や、ベネズエラでCIAに支援されたクーデターを跳ね返したチャベス元大統領、さらに「世界で最も貧しい大統領」といわれたウルグアイのムヒカ大統領ら中南米の革命的指導者 が生まれたのだ。」と教えてくれる。
 最後に筆者は、「一方、米国にとってカストロ前議長は「目の上のたんこぶ」のような存在だったに違いない。
 CIAや亡命キューバ人勢力などによる暗殺計画は少なくとも600回はあったとCNN放送は伝えている。
 結局、カストロ議長は天寿を全うしたわけだが、その革命以来米国では11人の大統領が交代した。
 12人目になったはずのトランプ次期大統領は「残忍な独裁者が死去した」との声明を発表しており、オバマ大統領の関係改善路線を修正するかもしれない。
 「死せるカストロ,生けるトランプをはしらす」のか?」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「1961年4月17日、筆者が米国フロリダ州マイアミ市にいた」とのこと、
 その時「後に「ビッグズ湾事件」と呼ばれるカストロ政権転覆を図った米国の中央情報局(CIA)の隠密作戦が開始された」とのこと、
 そして、「米国が、小さな島国のキューバに手も足も出せなかったことは信じられない思いだった」とのこと、「各地で出会った若者たちは例外なく目を輝かせてカストロ議長(当時)への崇拝を口にした」とのこと、
 「CIAや亡命キューバ人勢力などによる暗殺計画は、少なくとも600回はあったとCNN放送は伝えている」とのこと、等等を初めて知ることができた。
 CIAなどによる「600回もの暗殺計画」があったもカストロは天寿を全うできたことは、どのように考えればいいのだろうか。
 アメリカが民主主義の国であったことと、カストロ氏が国民から圧倒的に支持され、それが天寿まで継続できた「偉大な魂」だった、と思いたい。
 
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-06 06:23 | 東京新聞を読んで | Trackback
12月2日付朝日新聞朝刊15面下に、「異論のススメ」という欄がある。筆者は、京都大学名誉教授・佐伯啓思氏だ。今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「この12月9日は夏目漱石の100回目の命日である。小説も悪くないが、私は随想や小品が特に好きだ。
 「硝子戸の中」や「思い出す事など」の晩年の随想の味わいなど、こちらが年を経るにつれて、しみじみとした感慨を与えてくれる。もっとも、漱石は49歳で死去しているから、晩年と言っても決して年を取っていたわけではない。
 その漱石が、明治の末におこなったある講演のなかで次のようなことを述べている。
近頃、人々は一方で自由や解放を望み、他方で秩序や組織を要求している。
 しかし、この矛盾するものを両方とも実現することは無理で、どちらかに片付けなければならない、と。
 これは、一見したところもっともらしく聞こえるが、実は、こんなことは、この世界を傍観している学者の形式論に過ぎない。
 実際には、われわれは、日常生活のなかでこの背馳する二つのことを両方行っているではないか、と漱石は言う。
 学者というものは、普通の人より頭もよくしっかりとものを考えているのだから、間違うはずがない、と思いがちだが、学者の態度は、対象から身を引き離して、それを観察し形式論を立てるに過ぎない。
 しかし、日常の世界の中で活動しているものにとってはこんな傍観者的な観察はあまり意味はない。矛盾に満ちたこの世界を自分のこととして体験するほかない、というのである。
 もっともだと思う。
 だから、漱石は、東京帝大の学者の地位を捨てて、日常の「ふつうの人」の心理や人間関係の、それこそ矛盾に満ちた微細を描く小説家に転身したのであった。
 オイケンを取り上げながら、漱石は、学者の形式主義が不完全な人間である「ふつうの人」つまり、市井の庶民の心理や経験から乖離してゆくことに不満を漏らしていた。
 今日的に言えば、人間や社会を対象とした実証科学が、その対象とする人間や社会の実際とはかけ離れてしまう、それにもかかわらず、社会を指導し、動かすのものは、この学者の形式論なのである。
 各種の専門的な知識人が、傍観者的に、理想的な社会をを描き、そちらへ社会をひっぱっていこうとしても、「ふつうの人」は動かない。というわけである。つまり、エリート層と庶民の間に大きな懸隔ができてしまう。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「ここにもうひとつ、大事な問題が絡んでくる。
 それは、日本の指導的な学者や知識人などのエリート層は、多くの場合、西洋の学問を身に着けた人たちだ、という点である。
 西洋の近代科学の方法は、まさしく対象から距離を取り、それを観察して、論理的で形式的な帰結を得ようとする。そしてその多くは、西洋社会を対象として得られた「理論」である。
 それを日本社会に適用すればどうなるか。
 学者やエリート知識人たちの「理論」は全く庶民の現実からはかけ離れてしまうだろう。
 それにもかかわらず、この方向で社会が動くなら、「理論」とは違う「現実」を生きている「ふつうの人」はますます神経をすり減らしてゆくだろう。
 ところが漱石の生きた明治の時代は、エリート層による欧化政策こそが進歩だとみなされ、近代化とされた。当時の一級の英文学者でありながら、英国留学で散々な目に遭った漱石は、エリート知識人たちが拠り所にするする西洋の思考方法は、とてもではないが、そのまま日本に当てはまるものではにことを十二分に分かっていた。とはいえ、漱石もまた一人の知識人である。そこに彼に苦悩があった。
 こうしたことは、グローバル化や国際化が叫ばれる今日のわれわれにも無縁ではないと思う。
 大学で教えていたころ、私は、1.2回生向けの少人数講義で、しばしば、「現代日本の開化」や「私の個人主義」といった漱石の良く知られた文明批評を取り上げたが、大半夫学生はここでの漱石の問題に共感を示していた。
 それは、今日の「われわれ」の問題でもある。」というわけだ。」と指摘した。
 最後に筆者は、「確かに、この20年ほどをみても、グローバル化へ向けた社会変革を説く専門的学者や官僚、ジャーナリズムなどのエリート知識層は、西洋(特にアメリカ)発の学問や知識を母体にした合理主義で社会を「進歩」させようとしてきた。
 そして、それがどうやらエリート層と庶民の間の大きな分断を生み出すだろう、という様相は、日本よりもまずは、トランプ現象に翻弄されるアメリカを見れば顕著であろう。
 もっとも、アメリカなどよりも社会の一体感が強い日本では、エリート知識層だけではなく、「ふつうの人」の方も、西洋発の知識や思想を権威と考える傾向が強い。
 漱石は、ある「断片」のなかで次のようなことを書いている。
 近年では「現代的」という言葉がよくつかわれる。
 これに対して、昔の人は古人とか古代を尊敬したものである。
 だが今日の日本では、西洋の新しい人の名を口にすることが、権威になっている。
 じっさい、今日の日本人が新しい西洋人の名前を引用するのは、その人を尊敬しているからではなく、その名前を借りて自分を崇拝しているのだろう、と。
 漱石の死から100年経って、残念ながら事態はどうもあまり変わってはいない、といわざるを得ない。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「この12月9日は夏目漱石の100回目の命日である。」とのこと、
 「漱石が「学者の態度は、対象から身を引き離して、それを観察して形式論を立てるに過ぎない。しかし、日常の世界の中で活動しているものにとってはこんな傍観者的な観察はあまり意味がない。矛盾に満ちたこの世界を自分のこととして体験するほかない」といっている」とのこと、
 「各種の専門的な知識人が、傍観者的に、理想的な社会を描き、そちらへ社会を引っ張っていこうとしても、「ふつうの人」は動かない。」とのこと、
 「日本の指導的な学者や知識人などエリート層は、多くの場合、西洋の学問を身につけた人たちだ。」とのこと、
 「エリート層と庶民の間の大きな分断を生み出すであろう、という様相は、日本よりも、まずは、トランプ現象に翻弄されるアメリカを見れば顕著であろう。」との指摘、等等を知ることができた。
 格差が拡大し、固定し、それが社会の分断となって表れる。分断が、所得や資産の面に現われるだけでなく、学問・知識の面でも生じているという事か?
 
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-05 06:21 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 12月4日付東京新聞朝刊29面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・山口二郎氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「安倍首相は同盟国を訪問すると、中国への当てこすりにという意味も含め、日本と同盟国は自由、民主主義、法の支配などの価値観を共有すると必ずいう。この無意味な自画自賛に、最近特に腹が立つようになった。いったい日本のどこで民主主義や法の支配が尊重されているというのだろう。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「臨時国会は会期延長され、重要法案がまさに駆け込みで処理されようとしている。
 年金改革法案の審議では安倍首相はこれ以上議論しても無駄とうそぶいた。また、いわゆるカジノ解禁法案については、委員会でほとんど審議されないまま採決され、与党はこの国会での成立を目指している。
 そこに現われているのは、議会あるいはそこでの議論に対する与党政治家の徹底した蔑視であり冷笑である。
 確かに安倍首相率いる自民党は選挙で勝って権力を取っているから、独裁とは言えない。しかし、民主主義が当てはまるのは選挙までである。
 多数を握れば何でもできるという開き直りと自己正当化の気分は、むしろ専制国家の権力者に近い。」と指摘した。
 最後に筆者は、「ついでに、国内向きに自民党の憲法草案を振りかざして、そのうえで欧米指導者に価値観を共有していますと言える政治家は、日本語の読解力がゼロか、民主主義や法の支配という概念を全く理解していないかのどちらかである。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「「年金改革法案の審議では安倍首相はこれ以上議論しても無駄とうそぶいた。」との指摘、
 「また、いわゆるカジノ解禁法案については、委員会でほとんど審議されないまま採決され、与党はこの国会での成立を目指している」との指摘、
 「民主主義が当てはなるのは選挙までである。多数を握れば何でもできるという開き直りはと自己正当化の気分は、むしろ専制国家の権力者に近い」との指摘、等等をしってみれば、日本の民主主義は「権力者」の側ではゼロに近いことがわかった。
 日本にいま必要なのは、民主主義を社会の隅々まで染み渡らせる、民主主義革命だと思った。世界一民主主義が広まり定着している「日本国」にしたいものだ、とおもった。
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-05 06:10 | 東京新聞を読んで | Trackback
12月1日付東京新聞社説に、年金抑制法案のことが載った。今日はこの社説を学習することにした。
 まず社説は、「最低限の生活を保障する水準といえるのか。公的年金の支給額を引き下げる新ルールを盛り込んだ年金制度改革法案が衆院を通過した。自民、公明両党がかってうたった「百年安心」に不信が募る。
 「将来の年金はきちんと確保されるのか」という肝心な議論は与野党でかみ合わないままだった。
 公的年金は2004年の見直しで、保険料水準をこれから将来にわたって固定し、その範囲内で給付をまかなう仕組みに変わった。
 そのために年金の給付水準を少しずつ引き下げる「マクロ経済スライド」という制度を導入した。
 今回の法案はその仕組みを修正するものだ。
 見直しの一つはマクロ経済スライドをデフレ下でも適用する。
 もう一つは、賃金の下げ幅が物価の下落よりも大きい時は、それを給付額に反映する。
 政府は、各世代の年金額に新ルールはどう影響するかという明確な試算は示さなかった。
 これでは理解は得られまい。
 また、新ルールで年金が削減された場合でも老後の生活は「おおむね、賄える」とおいがほんとうだろうか。」と切り出した。
 つづけて社説は、「14年の年金財政長期見通しによると、厚生年金の給付水準は30年後、2割下がる。
さらに厳しいのは国民年金で3割下がる。
  年金を受給している高齢者も、こらから年金を受け取る将来世代もともにだ。
 国民年金は現在、満額で一人月6万5千円。
 この水準が3割も下がっては、老後の所得保障の柱とは言えないだろう。
 6割近くの高齢者世帯が年金収入のみで生活している。医療・介護の保険料増や自己負担引き上げも押し寄せる。
 生活保護受給全世帯のうち高齢者世帯の割合は増え続け、5割を超えた。
 このまま社会保障の一律カットが進めば、高齢者の貧困はより拡大する。」と指摘した。
 最後に社説は、「世帯間の不公平がよく指摘される。
 厚生省の試算によると、現在70歳の人は納めた保険料の約5倍の年金が受け取れるのに対し、20歳は約2倍にとどまる。
 「世帯間の公平を確保する」という政府の主張も一定程度は理解できるが、その前にやるべきことがあるのではないか。
 高所得者の年金減額や年金課税の強化などで財源を捻出し、低年金者への給付に回す。税で賄う「最低保障年金」のような制度創設も検討すべきだろう。
 年金の長期的な財政は、経済状況や出生率に大きく影響される。
 デフレを克服する経済政策や、子供を産みやすい環境の整備も、もちろん求められる。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「公的年金は2004年位見直しをし、年金の給付水準を少しずつ下げる「マクロ経済システム〕という制度を導入した」とのこと、
 「今回の法案はその仕組みを修正するものだ。見直しの一つはマクロ経済スライドをデフレ下でも適用する。もう一つは、賃金の下げ幅が物価の下落よりも大きい時は、それを給付額に変更する」とのこと、
 「14年の年金財政長期見通しによると、厚生年金の給付水準は30年後、2割下がり、国民年金は3割下がる。」とのこと、
 「国民年金は現在、満額でも一人月65000円。」とのこと、
 「生活保護受給世帯のうち高齢者世帯の割合は増え続け、5割を超えた。」とのこと、等等を改めて知ることができた。年金制度がいまや破綻しているのではないか、と思った。
 社説提案の「税で賄う最低保障年金」のような制度創設が必要だと思った。
 年金財政は消費税の目的税化とか、相続税の一定割合を年金に回すとか、原資確保を考え直さなければならないのではないか、と思った。
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-04 07:53 | 東京新聞を読んで | Trackback
12月2日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム〕という欄がある。筆者は、作家で元元外務省主任分析官・佐藤優氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
まず筆者は、「先月21日、米国の次期大統領になるドナルド・トランプ氏が、就任初日に環太平洋連携協定(TPP)から離脱する意向を表明した。
 ここまではっきり言ったのだから、トランプ政権になれば、米国がTPPから脱退するのは確実だ。
 米国がTPPから脱退すれば、TPPは事実上、機能しなくなる。
 TPP脱退を始めとする選挙中に掲げていた公約について、人気取りが目的なので、実際に就任すれば見直すであろうという認識が甘かったことが明らかになった。」と切り出した。
続けて筆者は、「外交においては、それは国内問題に過ぎないので、外交においては極力、前政権との継続性を重視するというのが普通の国の振る舞いだ。
 ただし、米国は普通の国ではない。以前と比べれば衰えたとはいえ、国際秩序を一方的に変更できる超大国の座を米国が依然として占めているので、TPPからの離脱が可能になるのだ。
 TPPには貿易・経済の新たなゲームのルールを策定し、急速に台頭する中国を牽制するという政治的な意図があった。
 それだから、中国は米国のTPP脱退を歓迎しているとおもう。」と指摘した。
 最後に筆者は「今後アジア太平洋地域における経済関係は2国間交渉が基本となる。各国のエゴがむき出しになる外交交渉が展開される時代になる。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「政権交代が起きても、それは国内問題に過ぎないので、外交においては極力、前政権との継続性を重視すのが普通の国の立ち居振る舞いだ」との指摘は、自分にも常識だった。
 ところが、「ただし、米国は普通の国ではない。以前と比べれば衰えたとはいえ、国際秩序を一方的に変更できる超大国の座を依然と占めているので、TPPからの離脱が可能になるのだ」と筆者は教えてくれる。
 そういえば、ロシアのウクライナ問題、中国の南沙諸島問題、超大国だからできたのだ、と得心した。
 また筆者は「今後のアジア太平洋地域における経済関係は二国間交渉が基本となる。各国のエゴがむき出しになる外交交渉が展開される時代になる」との指摘には、怖いものを感じ、日本政府大丈夫かねと心配になった。
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-04 07:38 | 東京新聞を読んで | Trackback
12月1日付朝日新聞朝刊15面に、「読み解き経済」という欄がある。筆者は、東京大学大学院経済学研究科教授・岡崎哲二氏だ。今日はこの筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「日本銀行が2013年4月に開始した「異次元金融緩和」は、当初宣言した2年間でインフレ率2%に引き上げるという目標が実現できず、大規模な量的緩和を3年半にわたって継続・追加してきた。
 その結果、日銀が市場に供給するお金の量であるマネタリーベース(日銀券発行高と日銀当座預金の合計)が膨大に積み上がっている。
 物価の低迷が続く中で気が早いというハン論を招致に上で、この状態がはらむ深刻なリスクを指摘したい。それは近い将来、インフレが2%を超えて加速し、制御が困難になる危険性だ。
 日銀は9月に、これまでの政策の効果を評価し、政策の枠組みを「マイナス金利付き量的・質的緩和」から、短期のマイナス金利と長期金利の安定を組み合わせた「長短金利操作付き量的・質的緩和」へと修正を加えた。
 量的緩和自体は継続され、日銀は引き続き保有残高は1年間で80兆円増加するペースで、長期国債を買い入れる。
 その結果、資産購入の効果と合せて、マネタリーベースは今後1年強で、日本の国内総生産(GDP)を超えるとされている。
 これまでの実績を見ても、マネタリーベースの増加は、文字通り次元を異にしている。
 前年と比べた増加率は13年4月20%を、11月には50%をを上回った。14年2月をピークに増加率は下がっているが、16年9月でも20%を超える。
 その結果、異次元緩和開始前の13年3月に135兆円だったマネタリーベースは、16年9月に408兆円と3倍以上に増加した。
 ところが、インフレ率はゼロからマイナス圏にとどまったままだ。
 これは日銀、政府、そして大胆な緩和を推奨した人々の想定を超える。いわば異次元の事態だったんではないか。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「マネタリーベースの拡大がインフレ率の目立った上昇につながっていないことは、この間の世の中の人々が利用できるお金の量であるマネーストック(現金と預金の合計)の伸びが、緩やかであったことと対応する。
 前年同月と比べた増加率は、異次元緩和まえの2.5%前後から3.5%前後に上昇したが、その幅はわずかだ。
 マネタりーベースの拡大に対し、マネーストックが増加する割合を「貨幣乗数」といい、ある程度安定していると考えられていた。
 しかし、異次元緩和後の日本では、マネタリーベースが拡大しても貨幣乗数が急速に低下し、マネーストックが大きく増加しない事態が起きていた。日銀が市場にお金をいくら供給しても、人々が利用できるお金はあまり増えなかった、といえる。
 仮に、今回導入された新しい金融政策の枠組みやその他の政策が功を奏して、インフレ率が上がり始めた場合、貨幣乗数も上昇に転じ、マネーストックがが急激に増加する可能性がある。そうなると、インフレ率が2%という目標を通り越して、急激な物価上昇につながる懸念がある。
 もちろんその場合には、量的緩和を縮小するといった対策を取られるだろう。
 だが、マネタリーベースの操作によって、マネーストックを速やかにコントロールできるかどうかは、はっきりしていない。金利引き上げという選択肢も、巨額の政府債務が累積している現状では採用することが容易ではないと考えられる。」と指摘した。
 最後に筆者は、「たとえ高率のインフレになっても、「経済への悪影響は大きくない」という議論もあるだろう。
 確かに日本経済は、第2次世界大戦直後のハイパーインフレ(1946~48年)と、第一次石油危機前後の大インフレ(72~75年)を乗り越えて成長し、社会も大局的には安定した状態を保ってきた。
 しかし、これらのインフレが生じた当時と今日では、大きく異なる事情がある。
 人口構成だ。
 総人口に占める65歳以上の高齢者の比率は、1946年に5.6%、73年に7.5%、そして2016年には27.3%となり、今後確実に上昇していく。
 さまざまな資産のうち,もっともインフレに強いものの一つは人的資本、すなわち「働く能力」だ。
 逆に弱いのは、預金や国債などの額面が固定されている金融資産である。
 かってのインフレ時には、人口に占める高齢者の比率が低く、国民の大分部分が「働く能力」を持っていた。それまでの資産の蓄積を失っても、働くことによって、インフレの応じて上昇する賃金で暮らしを守ることができた。
 しかし現在の日本は、蓄えてきた預金と年金に依存する多くの高齢者を抱えている。そして年金積立金の40%程度はインフレに弱い国内の債権で運用されている。
 ここまで政策的にマネタリーベースを拡大させ、今後さらなる拡大を目指す以上、政府・日銀は、インフレ加速の可能性を念頭に置き、事前に対策を注意深く検討しておく必要がある。
 もし有効な対策があるなら、インフレ加速の兆候に対して速やかにそれを実行すべきだ。
 そして有効な対策が見いだせないなら、異次元緩和の継続に固執するべきではないだろう。」として締めくくった。
 読んで勉強になった。
 「異次元緩和開始前の13年3月に135兆円だったマネタリーベースは、16年9月には408兆円と3倍以上に増加した。
 ところが、インフレ率はゼロからマイナス圏にとどまったままだ。これは、日銀、政府、そして大胆な緩和を推奨した人々の想定を超える、いわば異次元の事態だったのではないか」と指摘した。
 このことは、今の政府日銀が、いまや制御不能な日本経済になっているということか?
 また筆者の「確かに日本経済は、第2次世界大戦直後のハイパーインフレ(1946~48年)と、第一次石油危機前後のインフレ(72~75年)を乗り越えて成長し、社会も大局的に安定した状態を守ってきた」との指摘、
 「「総人口に占める65歳以上の高齢者の比率は1946年に5.6%、73年に7.5%、そして2016年には27.3%となり、今後確実に上昇していく」との指摘、
 そして「さまざまな資産のうち、もっともインフレに強いものの一つは人的資本、すなわち「働く能力」だ。逆に弱いのは 、預金や国債などの額面が固定されている金融資産である。」との指摘、
 「現在の日本は、蓄えてきた預金と年金に依存する多くの高齢者を抱えている。そして年金積立金の40%は程度は、インフレに弱い国内の債権で運用されている」との指摘、等々を初めて知った。
 そして「政府日銀は、インフレ加速の可能性を念頭に置き、事前に対策を注意深く検討して置く必要がある」との指摘が、大変重要な問題だと、思った。
 福島第一原発の事故を「想定外」と無責任を決め込む経産省と電力会社、同じ轍を「財務省と銀行」が踏まないことを、神仏に祈るしかないのだろうか?
 
 
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-03 07:00 | 朝日新聞を読んで | Trackback
 12月1日付東京新聞朝刊27面に、「本音のコラム」という欄がある。筆者は、法政大教授・竹田茂夫氏だ。
 今日は、この筆者に学ぶことにした。
 まず筆者は、「米次期政権の閣僚が決まるにつれてその輪郭が浮かび上がってきた。
 ウォール街出身の銀行家、
 大富豪の投資家、
 超タカ派の軍人から白人至上主義者まで勢ぞろいだ。看板政策の道路、橋、病院へのインフラ投資も、ふたを開けれてみればエネルギー関連業者への大幅減税だったというわけだ。
 安定した雇用や製造業復活を夢見た人々は切り捨てられている。」と切り出した。
 つづけて筆者は、「各分野の規制緩和と民営化の方針も要注意だ。バウチャー方式の学校選択制度(教育の民営化)の失敗は明らかなのに、その主唱者を登用したり、縮小の方針が決まっていた民営監獄が復活するとの思惑で株価が急騰したり、オバマケア(全国民医療保険制度)で恩恵を受けていた多くの低所得層(約400万人)が再び保険を失うはめになる。
 リーマンショックを教訓とした米金融業界の規制が巻き戻されることは確実だ。
 短期的利益に目がくらむ金融資本主義の病が再び世界的な危機を招きことは十分予想できる。
 孤立主義を主張するトランプ氏も軍産複合体に取り込まれれば、オバマ政権の宣戦布告なき戦争を一層拡大する可能性もある。」と指摘した。
 最後に筆者は、「政治を金もうけに利用して恥じないトランプ氏には同類が集まってくる。
 われわれは、中東に破壊と混乱をもたらした長大国の内部崩壊を目にしているのか。」として締めくくった。
読んで勉強になった。
 筆者の「米次期政権の閣僚が決まるにつれてその輪郭が浮かび上がってきた。ウオール街出身の銀行家、大富豪の投資家、反移民の強硬保守、超タカ派の軍人から白人至上主義者まで勢ぞろいだ」とのこと、
 「短期的利益に目がくらむ金融資本主義の病が再び世界的な危機を招くことは十分予想できるい」どのこと、
 「孤立主義を主張するトランプ氏も産軍複合体に取り込まれれば、オバマ政権の宣戦布告なき戦争を一層拡大する可能性もある」とのこと、等等の指摘をみると、確かに「われわれは、中東に破壊と混乱をもたらした超大国の内部崩壊を目にしているのか」のような悪夢に見える。アメリカの言いなりになってきた感のある「日本政府」は、アメリカの崩壊を目の当たりにしたときに、「国民を守る対策」はできているのだろうか? 
 戦中生まれの自分には「保護主義」の怖さを知らない。
 良くも悪くもグローバルになった世界を、超大国ではあるがアメリカが止めることができるのだろうか?
 出来たとして、その後の世界はどのようになるのだろうか?
 変化をチャンスにしたいものだが。
 
 
 
 
[PR]
# by sasakitosio | 2016-12-03 06:45 | 東京新聞を読んで | Trackback